博麗霊夢 東方

緊急回避

投稿日:

 私が人里で買い物を済ませた時、小鈴ちゃんが道を歩いてくるのが見えた。昼間に外で会うなんて珍しいことだと思って声をかけようとすると、小鈴ちゃんは私の姿を認めて、それから回れ右して走り出してしまった。
 どう?
 怪しい行動だと思わない?
 こう言ってはなんだけど、私には何らやましいところがない。小鈴ちゃんとはそれなりに顔なじみの自信もあるし、いきなり嫌われるようなことをやった覚えもない。つい三日前にも妖怪退治をしたくらいで、それが彼女の癇に障るとも思えない。第一、嫌っている相手からは逃げるんじゃなくて、無視するものだ。
 このように論理的に考えると、小鈴ちゃんは私に何か隠したいことがあると見える。あの子はとても危うい。人間が妖怪になってしまうという禁忌を犯しかねず、そうなったら私が手を下さざるを得なくなる。
 妖怪は人間の敵だ。妖怪は人間に退治されるものだ。妖怪は人間の脅威であり続ける。
 紫あたりに言わせれば、こういう風に幻想郷の摂理というものをとうとうと説いてくるんでしょうけど、私はもっとシンプルに表現する。
 私は巫女だ。妖怪は退治されねばならない。
 これよね。
 さて、かの本居小鈴嬢は、どうして私から逃げていったか?
 今まさに妖怪化しつつあるとか、私に隠しておきたい事実があるとか、そういったところが思い浮かぶ。どちらにしても、あまり気持ちのいい状況ではない。できるならば触れたくないが、小鈴ちゃんと鈴奈庵は私の重点警戒の対象だ。
 禍々しい気配を察知したからには、動かねばなるまい。
 せっかく涼しくなってきた季節にちょうどいい鍋の材料を仕入れたのに、これは夕食が遅くなりそうだった。
 なぜ私から逃げたのか。
 なぜ私を恐れるのか。
 ふん、こうやって並べてみると、私の方がよほど妖怪的ではある。気に入らない。完全に解明してやらないと気が済まないってものだ。

 いったん神社に戻って荷物を置き、再び人間の里にとんぼ返り。日は高く、物の怪どもが動き始めるには早い。そう、人間の時間だ。人間に聴き込んでやるとしよう。
 こういう時にまだるっこしい手を使う私ではない。直接、鈴奈庵に行く。本人に尋ねるのが一番早い。幸いというべきか、小鈴ちゃんが他に行くあてがあるとも思えなかった。知らない内に恋人の一人や二人――二人以上と付き合ってたって私は驚かないし、軽蔑もしない――を作っているかもしれないが、そういうイレギュラーは起きてから判断すればいい。
 まずは行動だ。動かないことには始まらない。いったい何がどうなっているのか、頭の中の方寸でだけ考えるのは趣味に合わない。そういうのは小難しいことばかり考えている奴に任せておけばいいのだ。
 誰のことを言っているかって?
 さあて、ね。幻想郷にもいろんな奴がいて、頭をひねくり回すのが大好きな輩もいる。そういう手合いにとっては、私みたいな行動派の選択は理解できないだろう。私が彼女たちの性情を良く思わないように、だ。
 鈴奈庵まで来たが、そこには「臨時休業」の札が下がっていた。
 知るか。私は休んでいない。
 というわけで、戸を開けて中に入る。
 あれ、開くんだ。
 ちょっと拍子抜けだった。完全に来客を拒んでいるのかと思えば、そうでもないかもしれない。たとえ本人がいなくたって、小鈴ちゃんの両親にでも話を聞ければ、推理の材料は一気に増えるかもしれない。
 だが、中には誰もいなかった。不用心なことだ。
 そうなのだ、不用心すぎる。小鈴ちゃんは抜けていることもあるかもしれないが、店を差配する立場のご両親までそうだとは考えにくい。
 何か、起きたな。
 私はそう当たりをつけ、鈴奈庵の店内で検証を始めた。
 ああ、すぐに答えは見つかった。
 ひどく気分の悪い本が三冊、いつも小鈴ちゃんが座っている文机の上に乗っかっていた。
 その本には顔があった。
 そうだ。
 顔だ。
 人の顔だ。
 どれも見覚えがある。何しろ小鈴ちゃんと両親の顔だったからだ!
 三人は死んでいるのか?
 答えは否だ。顔の皮を剥がされて本の表紙にするような作業をされた形跡はないし、何よりこれらの本からは妖力が漂っている。彼女たちは何者かの奸策によって本に変えられてしまったのだ。
 犯人はわかっている。三冊の本のすぐ傍らに、また別の重厚な本が置かれていた。何枚もの皮を「ツギハギ」して作られたらしいその本。わかってる。正気の代物ではない。いつか紫が私に話をしてくれた。外の世界の好事家に、人間の皮を使って装丁した本を所蔵している奴がいるという。
 これがまさに人皮本だ。そんな代物がただならぬ状況の鈴奈庵に流れてきたということは……。
「お前が博麗の巫女か」
 声がする。人皮本が語っているのだ。
「はじめまして、なんて挨拶をするつもりはない」
 状況はわかった。何と言っても、すぐに答えにたどり着くのは小気味いいものだ。小鈴ちゃんたちはこいつに本にされてしまった。別に殺して解体されたわけでなく、何らかの能力を用いて本の形に変えられたのだ。ただ眠っているだけのような表情をした小鈴ちゃんの顔が、本にへばりついている。安心するが、趣味が悪いことに変わりはない。
「私を殺すか」
「妖怪の退治が本業でね」
「殺せば元に戻せなくなるぞ」
「へえ、そう」
 私は決して取り合うことなく、にわか妖怪と化した人皮本に致命的な一撃を与えた。
「ようやく、ようやく、ようやく我が棲家を得たというに、ここで死ぬのか!」
「貴方はとっくに死んでいるわ」
 詳しい経緯は知らない。この妖怪の元になった思念にも言いたいことはあるだろう。
 だが、私は妖怪を退治する者だ。まして小鈴ちゃんたちを本にしてしまって、その抜け殻をふらふらと操るような奴に(能力の質を見た今ならわかる。私から逃げたのは中がからっぽな偽小鈴ちゃんだったわけだ)、許しを与えるほど愚かじゃない。
 小鈴ちゃんたちが元に戻らなくなる?
 でたらめだし、無意味な逃げ口上だ。
 だって、私は博麗の巫女。たとえどんなに厳重な封印が施されていたとしても、立ちどころにそれを解いてしまえるのだ。
 人皮本の細く低い断末魔が轟き、ここにささやかな野望が一つ潰えた。
 もしも気づくのが遅かったら、人里が人間の顔の貼りついた本だらけになっていたことだろう。気味が悪いことこの上ない。早めに対処できて良かった。

 危険な文物を扱う小鈴ちゃんを説教するのは、これで何度目になるだろう?
 あの後、無事に本から人間の姿を取り戻した小鈴ちゃんに、安堵の言葉と説諭の言葉を投げかけた。そうそう、ご両親は眠っている時に本にされた様子で、元に戻しても眠っている状態のままだった。きっと今回の出来事は悪い夢くらいでしか残らないだろうし、もしかしたら全く気づかないでいてくれるかもしれない。
 今更だが、この子は本当に危ない橋を渡っている。そういう体質になってきているのかもしれない。
 里の平和を考えたら、早めに「処置」してしまうべきとも考える。
 しかし、私は彼女を多少なりとも好ましく思っている。妖怪に憧れたどこぞの易者のように退治してしまうわけにはいかない。本居小鈴という人物は、それだけ重要な存在に思えるのだ。
 もし、そうだ、もしも「その時」が来てしまったら、私ははっきりと手を下せるだろうか?
 たぶん、やるだろう。私は博麗の巫女だ。たとえ顔を見知った相手であっても、幻想郷の不文律を揺るがしかねないとわかれば、容赦なく叩き伏せることになる。
 たとえ今回のように初めから逃げ腰であったとしても、反対に妖怪らしく非常に好戦的かつ攻撃的であったとしても、私のやることは変わらない。
 なのに、やりたくないという矛盾。
 人皮本が作った偽りの小鈴ちゃんが、慌てて私の前から逃げていく光景が脳内によみがえる。
 私に正体を看破されるのを嫌って、少女の姿をした何かは逃げ出した。
 退治されてしまうという恐れの表情を抱いて、地獄への坂道を転がり落ちていく。そんな哀れな逃走を見せた時に、たとえ本物の小鈴ちゃんだったとしても、私はやらねばならない。私には「やり直し」はあっても、「諦める」選択肢は用意されていないのだ。
 でも、と思考はぐるりぐるりと回っていく。
 小鈴ちゃんが私に生きたいと嘆願してきたならば、私はそれをどう受け止めればいいのだろう?
 いつか来るかもしれない未来を考えるのは本当につらく、できれば「今までのままでいてほしい」という気分が強まった。
 避けられない選択と、何の得にもならない回り道。
 そうまでして一人の少女を救おうとした先に、いったい何が待っているのだろう。
 博麗の巫女が博麗の巫女でなくなる瞬間かもしれない、たぶん。
 今日も神様に祈るとしよう。どうかそんな日が来ることがありませんように。果たして最悪の未来が来てしまったら、一息で安らかにできるよう強くあれますように。畏み畏み申し上げ奉る。
 このような思考そのものが、そうあってほしくないという回避の気持ちの発露ではある。
 そして、そういう気持ちが湧いて出てきたということは、いずれ決定的な破滅が来ることを心のどこかで予感しているのだ……。

-博麗霊夢, 東方

執筆者:

関連記事

闇市

 幻想郷には色々な市が立つ。人里の市場は言うに及ばず、河童が主催するバザーなんてものまである。  しかし、いわゆる暗部に存在する「闇市」までは、その知見が及ばぬ者も多いだろう。ここでは人間も妖怪も等し …

善良なる人

「ある善き人が、幻想郷にいた」  そこまで書いて、魂魄妖夢は筆が進まなくなった。彼女なりの手習いとして物語などを綴ってみようと思ったのだが、いきなり二行目から書き継げなくなってしまったのだ。こうした創 …

発火点

 風見幽香の居宅を博麗霊夢が尋ねてきた。博麗の巫女の表情は険しい。人間に仇なす妖怪に対する姿勢が、形をとって現れたようだった。 「あんた、何したの?」  家に迎え入れた幽香に、霊夢はそう言葉を投げかけ …

触手

 ついに完成した。  あとはその威力を試すだけだが、誰を被験体にしたものだろうか?  もちろん、私自身がそうなることを望まない。これはあまりにも強力で、とてもとても自分の身で受ける気にはならないからだ …

ブーメランコリー

 かつて、外の世界で一瞬だけ一世を風靡した流派があった!  その名は……風雲拳!  そして、まったくもって偶然なことに、とある幻想少女がその流派の後継者となった!  彼女の名はメディスン・メランコリー …

2017/07/26

うつくしいひと

2017/07/25

覇者の時代

2017/07/24

消えゆくもの

2017/07/23

暴君

2017/07/17

発火点

 2017年博麗神社例大祭では2種類の新刊が出ます。
 どうぞよろしくお願い致します。