東方 永江衣玖

狂雲・衣

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 その日、私は見た。天を無数の艦隊が埋め尽くし、地上に数多いる穢れた魂を「浄化」していく様を。
 いや、これは現実のものではない。過去でもなければ未来でもない。純然たる可能性の世界だ。
 抹殺の世界。
 鏖殺の次元。
 天から降り注ぐ燐光が、薄汚れた魂に死を与えていく。幻想郷の内か外かなど問題ではない。ひたすら圧倒的な蹂躙。それは天界の人々が随喜の表情を浮かべる歓喜の瞬間であるはずだった。
 しかし、私にとっては、そう、この永江衣玖にとっては、決して喜ばしくないものに思えた。私は龍宮の使いであり、龍宮があるからこそ私の存在にも意味が灯る。さりとて、使いを送るべき地上がこの世から消え失せたとしたら、いったい自分にどんな存在価値を見い出せば良いのだろう?
「妄想しているようね」
 総領娘様がそばにやってきた。わざわざ雲の中まで来られるとは酔狂な方である。左も右も妖怪の巣というところで、この天人様は全く輝かしい存在感を放っている。
「地上が滅んでしまいました」
「そう」
 総領娘様はさして気に留めた風もなく、私と同じ方向を見ながら体を泳がせた。
「また異変を起こそうと思うのだけど」
「やめておいた方がよろしいですね」
「なぜ?」
「そう言うのが私の役目だからですわ」
 誰がそう呼び始めたのだろう。熾天使という名前のついた巨大な船が、地上に雨あられと光条の雨をほとばしらせる。すべての生命は肉塊と化し、哀れな躯を大地に晒す。
 ああ、ダメだ。
 私の想像力は飛躍を始めてしまった。
 きっと、夏の太陽が私にはまぶしすぎるのだろう。ここは雲の中で、そんなものの影響など露ほども感じないのだけれど。そういうことにしておかないと、熱狂的なセキセイインコが私の脳を雨あられと叩きにやってくる。
「衣玖」
 総領娘様が言った。
「貴方、おかしいのね」
「おかしい?」
「気が狂っている」
「まさか」
 私は笑みを返した。
「そんなものは吸血鬼くらいなものです。それも五百年弱ほど監禁されているような」
 六本木ガスが私の頭を壊れんばかりに打ち叩いている。残念なキュクロプスは両手を上げて降参し、丸々と肥えたハツカネズミにその場所を譲り渡してしまった。私の目は雲の流れゆくのを捉えているが、遙かなる街灯が地面に隙間なく突き刺さるのも時間の問題のように思える。
「衣玖」
 総領娘様はまた私の名前を呼んだ。この世に引き留めようとするように。
「貴方はどこまで泳ぎ続けるつもり?」
「この世の果てまで」
 そうだ。
 私は泳ぎ続けなければならない。
 この世界が果てる場所とはどこなのか。そんなものがあるのか。まるで時空の端、宇宙の辺縁を探すようなものじゃないか。
 だが、私にはお似合いだ。
「総領娘様も一緒にいかがですか?」
「私は常識と良識を知る天人よ。遠慮させてもらう」
 なるほど、六角形のカリフラワーが嫉妬するわけだ。総領娘様は今日もまた魅力的でいらっしゃる。
 さりとて私の意思が変わるわけでもない。聖なる行進はどこまでもどこまでも長々とだらだらと続いていて、私が先頭に立つのを心待ちにしているのだ。大地鳴動せずして龍宮また動かず。連綿と続く伝統の先にあるハイビスカスを手に取り、歓喜の輪の中に戻ってくる必要がある。
「あまりご無理はなさいませんように」
「私としては、貴方が心配よ」
「そうですか?」
「そうですとも」
 不可思議なことをおっしゃる。私がどうなろうとも関係ないというのに。
 それとも、盤上のシリウスが北溟に輝くこともあるというのだろうか。散々にしてやられた挙句に、毒の酒盃を飲み干すような真似は、できることなら回避したい。
「何かあったら、すぐに言いなさいな。私の力で何者をも黙らせてあげるわ」
「お心遣い、痛み入ります」
 ああ、痛い。とても痛い。
 まるで体の中からレーニアの水が流れ出ていくようだ。透徹した戸棚に私の心を入れておくには忍びない。せめてあの玉座に眠る傀儡人形に献上してしまわなければならない。
 総領娘様は速度を早め、雲の彼方へと飛んでいった。
 その軌跡を辿れば、私も天の高みへ至ることができるだろうか?
 思うも無意味、思わぬも無意味。ただラ・ロシェルの二の舞にならぬよう、静かに静かに飛び続けるとしよう。

-東方, 永江衣玖

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