ナズーリン 東方

食う

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 だから、私は小町に言ってやることにした。
「ここにあるのはガラクタかね? それとも、かつて宝だったものかね?」
 どうだろうかねぇ、と小野塚小町。上背のある彼女と対比したならば、まるで大人と子どもにも間違われるほどだろう。だが、実際は私とて一端の大将だ。死神に後れを取るものではない。
「誰かにとっては宝でも」
 小町は頭蓋骨を手に取り、掲げた。
「あたいにとってはガラクタさ」
 死神ってのはこうだからいけない。命に対する畏敬とかは無いものかねえ。もっとも、話題を振った私にしてからが、そんな意志を持ち合わせちゃいないが。今ここにある骸骨は、かつて命だったものだ。今もなお息をしている生者ではない。
 子ネズミたちが骨をかじっている。落ち着くことだよ。肉もついていない骨をかじって喜ぶのは、飼い慣らされた犬くらいなもんだ。私たちはネズミさ。寝ずに真実を見続ける者だ。もっとクレバーにいかなくちゃいけない。
「しかし、ここに埋まってるお宝を見つけて、それからどうする気なんだい?」
「決まってる。掘り出すのさ」
「それから?」
「掘り出したものを調べる」
「それから?」
 小町め、しつこい奴だな。
「あたいは思うんだよ。お前さんはもう少し有意義に時間を使った方がいい。こういう風に誰かと話したり」
「死神と話すことこそ時間の無駄だと思うがね」
「そうでもない。ここに埋まっている何か……それを知っている可能性がある」
「ほう?」
 興味深い話だった。死神が嘘をつくかどうかは知らないが、魅力的な話題であることに間違いはない。
「ぜひともご教授願いたいものだが」
「いいとも。実はここには、幻想郷が埋まっている」
「ん?」
「言った通りさ」
 小町が笑った。とても死神的な笑みだった。
「ここには、幻想郷が、埋まっている」
 左手で「見せかけの」鎌を持って、右手の人差し指で大地を示す。
「正確に言えば、幻想郷に生きているように思われるすべての命の残りかすが、この一帯に埋まっている」
「愉快な話じゃなさそうだ」
 だが、私の思考回路は動き始めてしまった。
 無縁塚に埋まっている「お宝」が、実は幻想郷に息づくすべての生命の肉体であるとしたら。現実に生きていると思われた彼らは皆死んでいて、等しく土の中で眠っている。一方で、幻想郷という夢を具現化する装置が精神体に感応し、楽園としての機能を維持させている。
 だとしたならば。
 私はそれを掘り起こすべきなのか?
 君たちはすでに死んでいる。今こそ目覚めて塵芥と成り果てろ。
 そう高らかに宣言すべきなのか?
「いいんだよ」
 小町が私に顔を近づけ、ささやく。
「お前さんが生と死の境目で揺れ動くこの世界を蹴落としたところで、誰も気にしたりなんかしないさ。ネズミなんてのはそんなものだ」
「バカにしているのか」
 私は正面から小町に向き合った。顔が近い。息さえも掛かる。
「死神風情が」
「怒った怒った」
 悪かった、と小町が言った。
「だが、お宝なんて言われるものが、誰かに幸せをもたらすとは限らない。それは重々承知しておいて欲しいもんだね」
「おい」
「んー?」
 立ち去ろうとした小町に、私は思わず手を差し伸べそうになるのをこらえ、声だけを強めた。
「ここには本当に幻想郷が埋まっているのか?」
 数秒。
 いや、一秒も経っていないか。
 私と小町は視線を戦わせ合った。
 そして、彼女は口だけで微笑んだ。
「確かめてみりゃいいじゃないか……」
 できるのか、私に。
 ここが幻想郷という世界の陵墓だったとして。その墓を暴けるのか。人間も、妖怪も、神さえも受け入れたこの大地の平穏を、私が破ってしまってもいいのか。
 小町は笑みを解き、すっかり私への関心をなくしたようにして、今度こそ確かな足取りで去っていった。
 残されたのは私だけだ。
 ダウザーとしての能力は、今もなおこの無縁塚に何かが埋まっていることを示している。
 先ほど小町が拾い上げたあの骨。あれもまた幻想郷に染まろうとした何者かの成れの果てだとしたら、いったいどうなるのだ。
 甘美な夢と、苛烈な現実。
 夢に酔った者たちに、泥まみれの現実を突きつけることが、胸を張って正しいと言えるのか。
 だから、私は考えるのをやめにした。それから、優れた探索機能で何の役にも立たないものばかりを掘り当てるようにした。以来、何か見つかったかを問われるたび、ガラクタしか見つからないと答えるようになった。
 本当に考えるのをやめたのか?
 私はやがてそのことばかりを考えるようになった。
 いつもいつも考えていた。誰かには賢明と讃えられ、誰かには卑小と罵られながらも、私の中には絶えず問いばかりが渦巻いていた。
 手を伸ばせば届くところにある真実。それを看過し続けていていいのか。
 ついに、私は耐えられなくなった。ある日を境に、猛然と無縁塚の発掘作業に邁進した。それは決して簡単なことではなかったが、子ネズミたちの労働力も使ってとうとう成し遂げた。
 掘り出したのは、形容できない、形容してはいけない、何かだった。あえて言うならば、馬に手も足も何本も生やした上、頭までそこかしこにくっつけたような――それがさながら人里以上の範囲に渡って埋もれていた。
 それを目の前にして、茫然とする私。
「インテリジェント・デザイン」
 その言葉とともに、小野塚小町は再び現れた。
「偉大なる知性が生命を、宇宙を、万物を作り上げたのだという説だが……」
 小町は鎌でそれを示した。
「こいつがそうさ」
「知性だって?」
 私は思わず一歩詰め寄っていた。
「こんなものが、知性?」
「こんなものに作られたんだから仕方ない」
 ここは墓場なんだよ、と小町は言った。傲然としているようで、どこか渇きを感じさせた。
「人は、妖は、神は、なぜ生まれ、なぜ滅ぶと思う?」
 バカな。
「その営みそのものがこいつの食料だからさ」
 認められるものか。
「ゆえに、こいつはここにいて、創造し、破壊し続けている」
 こんなもののために生きているなど。
「私が生まれたのは、ただ私のためだ!」
「違うね。何しろ私たち死神は、この化物の意志の端くれみたいなもんだ。命を集めて、その先でどうするか……」
「子ネズミたち、こいつを埋め戻すぞ!」
「もう遅い」
 私は必死になって土をそいつに被せた。
 だが、その時になって、閉じられていた無数の目がかっと開き、私を睨んだ。
 すべて、すべて――。
「好奇心は猫を殺すんだよ、ナズーリン」
 小町の声が幻惑的に響く。
 気づけば、そいつの顔がすべて小町になっていた。
「ましてや鼠をおいてをや、だ」
「うわあっ!」
 私はダウジングロッドを振りかぶり、思い切り打ち叩いた。
 消えろ、消えろ、消えろ、消えろ!
 どれだけ念じたかわからない。
 なのに、そいつは血の一滴すら流さない。
 たまらずその場から逃走し、少しでも距離を取ろうと飛び上がる。
 すると、そいつは空の上にもいた。あれだけの巨体だ。空の彼方まで体が続いているようだった。しかも、急激に腐臭が辺りに立ち込めた。肉の腐った匂いくらい、ネズミは苦にするものではないのだが、これは様子が違った。まるで汚物槽に顔を突っ込まれたかのような苦痛だった。
 よく見てみれば、先ほどまですべて小町の顔だったものが、すべて別の顔に変わっていた。中には見知った顔もある。博麗霊夢、霧雨魔理沙。さらにはご主人様、寅丸星や命蓮寺の僧侶、聖白蓮のものまである。
 夢よ。
 夢よ。
 夢よ!
 ああ、これが夢であってくれたなら、どんなに嬉しかっただろう。
 私は頬の肉がちぎれそうなくらいに自らつねったが、ただ痛いだけだった。
「現実だ」
 これは紛うことなき現実の光景なのだ。
 いや、現実と思わせることこそが、この腐った知性とやらの策謀なのかもしれない。
「なあ」
 小町が、私の背後にいた。
 振り返ると、鎌を首筋に添えられた。
「考えたことはなかったか?」
「何をだ」
「幻想郷は澱んだ水だ」
 小町の目を伏せた姿が、とても魅力的に思えた。
 今ごろ抱く感想ではないし、抱いたところで何をどうするわけでもないというのに。
「澱んだ水は腐るのみじゃないか」
「あれが幻想郷の真実だとでも言うのか」
「本体というべきなのかもしれないね」
 夢とか、現実とか、そういうものじゃないんだ。
 小町はそう続けた。
「朽ちるに朽ちれず、腐るに腐れず。生きているのに死んでいる、死んでいるのに生きている。そういう理不尽を押し付けられた先にある哀れな姿。幻想という欲望を押し付けられた知性の変質した先。まあ、言ってしまえば、何十年、何百年、何千年、万億兆……と漬け込まれた漬物のようなもんさ。それが食べ物であるかどうかすら、もう誰にもわからない」
 食べ物?
 あれが食べ物だって?
「食べ物だっていうんなら」
「うん?」
「私と小ネズミたちで、あれを食らい尽くす」
「腹を壊すと思うがね」
「世界が壊れなきゃ、それでいい」
 能力を最大限に活用する。
 ネズミは、あらゆる文明とともにあった。
 東から、西まで。
 南から、北まで。
 どこにでもネズミは生き続けていた。
 今、家という家、国という国、世界という世界から、ここへ向けてネズミたちがやってくる。芳醇な、そう、過剰なまでに芳醇な幻想を食うために。
 それは粛々と始まり、粛々と進む。
「あたいは間違っていたかもしれないな」
 私たちは食った。腐った知性を食った。小町がそのようにつぶやくのを聞きながら、食って食って食いまくった。
「叙情的になって見てばかりいたが、そうか、そいつは食えるのか。知性を凌駕するものは野性だったのか。あるいは野性を失った知性だからこそ敗北するのか。わからない。わからないが、ちょっと感動してる。なるほどなあ。食うとは思わなかった。ネズミめ。薄汚いと罵られる文明の敵め。お前が世界を救うんだ。あまりにも突然に始まった異変を、あまりにも突然に終わらせるために、お前たちの力が発揮されるんだ」
 信じられない!
 小町はそう叫んだ。
「これからどうなるのか検討もつかない。もしかしたら、どうもならないのかもしれない。歴史に記されることのない大異変だ。何もかも死んで、何もかも生まれる。見ろ。お前たちはすでに共食いを始めている。知性を超越した野性は暴走を続け、やがて世界さえも食らい尽くすんだ!」
 ネズミはもはや地上をとっくに覆い尽くし、天空さえもネズミで染めんほどに盛り上がっていた。そうだ。私のかわいいネズミたちが、その存在の意義をかけて何もかも食っていた。
 私ももう、その渦中の一匹に過ぎない。
「天国も食われる。地獄も食われる。何が偉大なる知性だ。見ろ。野性はこんなにも恐ろしいぞ。お前がどんなに緻密に計算しようとも、奔流と化した熱情は誰にも止められない。わかったら、早く修正することだね。この世界は終わりだ。いや、始まりだ。ここから始まるんだ。どうした。何度でも立ち上がってみせろ。ネズミがすべてを食らい尽くすように、その知恵でもって何度でも創り出してみせろ。知性め、あたいをこんな目に合わせやがって、ただじゃ済まさないからな……」
 やがて小町の声も途絶え、唯一この場に残った「知性」であるところの私は考える。
 そういえば、ある言語の「食べる」には「腐食する」という意味もあるのだった。そもそも「腐食する」にしてからが「食」という一字に凝集されている。なるほど、上手くできているものだなあ。
 そうやって、私は、全部食ってしまった。
 あと食 るも といえば、文字く いしか残されてい い。
 全部、食 。
 何 かも。
   か だ。
 あ 、消  い
 さ

-ナズーリン, 東方

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