東方 蓬莱山輝夜

死は夢幻の彼方

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 牛車に揺られて、からからら。
 とろりとろとろ眠くなってはきたものの、さて、眠ったものかどうかを考える。
 さしたる話ではない。ただ眠るかどうかというだけの話。
 しかし、寝てしまったら寝てしまったで、大切な何かとの遭遇を逃してしまいそうな気がして、どうしても踏ん切りがつかなかった。
 こういう話をすると、妹紅などは意地悪く笑うのだろう。何をためらうことがある。私たちは嫌でも起きて寝てを繰り返さなければならないんだ。蓬莱人だからな。そんな言い草で、やりこめに来るに違いない。
 牛車は揺れるよ、からからら。
 ここはどこだろう?
 基本的に、私の牛車は私の意志が赴くままに動くようにできている。
 しかし、今こうして夢うつつをさまよう私の心は、果たしてどこに向いているのだろう。案外どこにも向いていなくて、牛車はこの世とあの世の境界を行ったり来たりしているのかもしれない。
 どうせ境界に行けるのならば、あの世まで飛び越えてもいいのに。
 ただ、それでは永琳に申し訳ない。彼女を置いていくわけにはいかないから、また顕界に戻ってくることになる。
 永遠亭での生活も捨てがたい。どうせなら永遠亭ごとあの世に引っ越したいものだが、そうは閻魔が下ろすまい。
 結局、どこに行くにも何をするにも不自由ばかりだ。
 それなら、心地よい不自由である永遠亭でイナバたちと遊んでいる方がよほどいい。
「そこなお方」
 声が掛けられた。外かららしい。
 簾を開けてみると、そこには一匹の獏がいた。
 ああ、ここは夢の世界なのね。
 そう合点がいった。空は濁り水に色水を入れたようにどろりと渦を巻いていたし、地面はそこに何かが存在しているのかを不安にさせる歪曲で満ちていた。
「牛車で夢旅行とは豪勢ですね」
 私は答えず、牛車の速度を一気に上げた。
「ちょっ」
 どかーんと派手な音がして、獏が吹っ飛んでいった。
 あれは痛いだろう。きっと痛いはずだ。そう考えると何だかおかしくて、ちょっとだけセンチメンタルが和らいだ気がした。
「いきなり何すんですか!」
 渦を巻いていた地面の中から、獏がにょっきり生えてくる。
「どうせ夢だから痛くないでしょう、ドレミー・スイート?」
 私はあえて獏の名を呼んでやった。槐安通路の番人。夢の世界の支配者。なんといっても、お節介な奴ではある。ひいては「食えない奴」ということでもある。
 もっとも、「獏のサーロインステーキ」なんてものがあったとして、あまりおいしそうには思えない。
「せっかくの夢旅行を邪魔しないでちょうだい」
「私がツアーコンダクターになろうというのに?」
「必要なのは静寂であって案内ではないわ」
「それは残念」
 しかしねえ、姫様。
 ドレミーはそう言いながら邪な笑みを見せる。
「夢の世界の独り歩きはあまり感心しませんね」
「牛がいる」
「牛はノーカウントです。それに……」
 くるりと私を振り向く牛。その牛には顔がなかった。そもそも牛の肉体構造からして、「くるりと振り向く」など無理なのだ。すなわち、ろくろ首のようにぐるんと首を伸ばしている。
「ほら」
「お化け屋敷に連れてこられた覚えはないのだけど」
「もう。少しくらい驚いたっていいじゃないですか」
 ドレミーが手でしっしっと追いやると、牛はたちまち面貌を取り戻し、首を元の位置に座らせた。
「私の優雅な午睡にまで出てきて、何がやりたいの?」
「午睡って貴方、外は夜ですよ」
「昼も夜もないわ。私にとって永遠の昼であり、永遠の夜でもある。生き続けるとはそういうことよ」
「まあ、私も同じようなものですから、気持ちはわかりますけどね」
 ふうむ、と感じたことがあった。
「獏は死なないの?」
「さあ……どうでしょう」
「忘れ去られることが死だとしたら、人類が絶滅したら貴方も死ぬわね」
「どうでしょうね。姫様は私が死んだら悲しいですか?」
「そうね。道連れにする仲間がいなくなって、ちぇっと舌打ちの一つくらいはしてあげる」
 薄情な人だと獏が言う。
 当然だ。蓬莱人が厚情であって、どんな利点があるというのだ。
 私たちは常に死に寄り添いながら、しかし、決して愛を語ることを許されない存在だ。手を伸ばせばすぐそこにある永久の安らぎに手が届きそうなのに、どこまでもどこまでも続く無限の距離に邪魔されて、とうとう自由を掴むことができない。須臾は永遠なのだ。
 夢の空は作り物よりもさらに作り物めいていて、ぎらぎらと輝く太陽がすぐ近くにあるかと思えば、きんきんきらりと存在を主張する月が眼下にあったりする。この世界では上下左右の認識など意味を成さない。そのうちドレミーも、私自身も、前衛絵画のようにその身を保つことができなくなるような気がしてきた。
「ねえ、ドレミー」
「はい?」
「もし死ぬ時は言ってちょうだいね」
「余裕があれば」
「いいえ、これは貴方の責務よ。私を向こうまで引きずっていけないかどうか、試してみるんだから」
「ずいぶん重い荷を背負わせますね」
「責務、責任、そういうものは私が大嫌いでね。誰かに代わりに持ってもらいたくなるのよ」
「嫌いなら巻き込まない方が?」
「嫌いだからって、逃れられるわけではない」
 私は本当に逃れられたのだろうか。月という呪縛から。地球という穢土から。答えはあまりにも遠く、天界にも地獄にもなく、ただ悠々と世界の彼方を流れている気がする。
 牛車が動き出す。
 からからら。からからら。
「行くんですね、私を置いて」
「行かせてもらう、貴方を置いて」
 私は小さく手を振った。
 ばいばい、さよなら、また明日。
 ただし、私の明日はどこにあるのかわからない。あの太陽の向こうに隠れているのか。それともあの地球の影に潜んでいるのか。はたまた月の表面で私を見上げているのか。
 簾を下ろし、再び牛車の人となる。
 ドレミーはもう追ってこない。もっとも、正確には彼女の存在はこの夢の世界全体だ。私は彼女の腸内を這い回る毒虫ということになるのかもしれない。外の世界がこういう短編を書いたそうじゃないか。自分が毒虫であることを発見した青年の話。馬鹿め。私はすでに発見している。この世界にとっての害毒以外の何者でもない私を。
 牛車は進むよ、からからら。
 私は探している。
 きっと、この牛も探している。
 すべての罪業を燃やし尽くしてくれる黄金の炎が立つ惑星を。
 しかし、そんなものはどこにもない。少なくとも、顕界には存在しないのではないか。
 もしも見つかったその時には、数多の業とともに身も心も滅びよう。
 死よ、どうか夢幻の中で私に答えを与えておくれ。
 私は心でそう念じて、夢の中にて眠りにつく。
 牛車は遠くへ、からからら。
 どこでもない場所を目指して、永遠に歩み続ける。

-東方, 蓬莱山輝夜

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