レミリア・スカーレット 東方

おかしな忠臣

投稿日:

 良い夜だった。
 こういう夜は昔を思い出す。私が、いや、私たち吸血鬼が夜の王として全世界を支配していたあのころを。
「ねえ、咲夜」
 私は忠実なる下僕を呼んだ。
 だが、返事がない。私の傍に控えていたはずなのだが。
「咲夜?」
 振り返ると、そこには誰もいない。
 あの野郎、職務放棄とはいい度胸じゃねぇか。
「さーくーやー!」
「お呼びでしょうか」
「うわあ!」
 何の前触れもなく目の前に咲夜の顔が現れたので、思わず身を引いたら肘掛けに脇腹が当たってしまった。すげえ痛い。めっちゃ痛い。
 仮にも私は吸血鬼だ。痛いだの辛いだの声に出して漏らすわけにはいかない。まして、咲夜が見ている。忠実なくせに割と間が抜けているところもあるこいつに知られては、いったいどこまで噂が広がるか知れない。昔は本当に屋敷に引きこもって仕事一筋だったのに、幻想郷に来てしばらくしてからすっかり間抜け成分が強まってしまった。
 フランやパチェや美鈴たちはその変化を良いものとして受け止めているようだが、実際に用を言いつける私としては堪ったもんじゃない。
「うーん」
 咲夜が言った。
「お嬢様は相変わらずクイーンオブコメディですね」
「そのある一定の層にバカ受けする制服を集めてそうな呼び方やめてくれない?」
「あら、狩野レミリアの方が良かったですか」
「不祥事の中身を変えろって言ってんじゃねーよ!」
 私が平手でツッコもうとすると、咲夜が実に華麗なスウェイで避けた。
「御用でしょうか、お嬢様」
 いきなりメイドモードに戻りやがった。
 仕方ない。私も偉大なる当主モードに戻るとしよう。
「用という用ではないわ」
「そうですか。それでは」
「待て待て待て待て」
 咲夜がさっさと私に背を向けるので、私は思わず立ち上がってその肩を掴まざるを得なかった。
「行っていいとは言っていない!」
「イッていいとかイッていないとか、ふしだらですよ」
「ちゃうわ!」
 私は地団駄を踏んだが、紅魔館の絨毯はふかふかなので対して気晴らしにならなかった。
「今日はとても良い夜って事実を共有したかったの」
「ああ……」
 咲夜が小さな窓から垣間見える月を仰ぎ見た。
 煌々と輝く満月。これぞ悪魔が幅を利かせる夜にふさわしい。古来より数多の命を恐れさせ、また数多の命に力を与えてきた月だ。狂気と猟奇とが折り重なる様はまさしくルナティック。異変の一つでも起こしてやろうかという気になる。霊夢に全力でしばき倒されるからやらないが。
「昔を思い出さない?」
「昔、ですか」
「そうよ」
「残念ながら、まだ以前の私たちの過去は設定にないもので」
「メタな話してんじゃねーよ」
「何しろ神主の気分次第で、私も人間になるか月人になるか神になるか」
「だから、メタすぎるわ!」
 私はチョップを繰り出したが、咲夜はまたも華麗に回避した。
「主人のツッコミは受けるもんだぞ!」
「お嬢様。チョップは唐竹割りより逆水平が好みなのですが」
「プロレスかよ!」
「つい最近も妖精たちに新しい技を試しまして」
「ほう」
 思わず咲夜の話に興味を持ってしまった。ダメなこととは知りつつ、その中身について聞きたくなる。
「どんな技よ」
「電動こけしって言うんですが」
「こけしだけでいいだろ!」
 もっとも、自由落下するに任せて相手にダメージを与える「こけし」を咲夜がやっているとしても、それはそれで非常にシュールな光景なのだが。
 その時、月が雲に隠れた。窓から差し込む光が弱くなる。
 この国では「月に叢雲、花に風」という慣用句があるらしいが、まったくその通りだ。せっかくの月をむさぼるように這い出てくる雲どもには苛立ちしか覚えない。
「咲夜、ついておいで」
「どちらへ?」
「月を見に行く」
「はあ、いってらっしゃいませ」
「あんたも来るんだよ!」
 完全にどこ吹く風で手を振る咲夜。主人に独り歩きをさせる気か。
「いろいろやることもありますし」
「私が咲夜の事情を考える必要などない」
「あれでしょう? 二人して月面に大きなハートを書いて、その中にお嬢様と博麗霊夢の名前を入れるんでしょう?」
「……エウレカセブンかよ!」
 情景を想像するのに手間取って、ツッコミが遅れた。
 すると、咲夜は肩をすくめて「ふう」とため息をつき、やれやれといった表情で私に憐れみの目線を向けてきた。
「この程度のボケにはすかさずツッコミを返していただきませんと」
「たわけ!」
 私は今までよりさらに早いツッコミを咲夜の胸に叩き入れた。
「ええ」
 咲夜はにっこりと笑った。
「それで良いのです」
 何だか笑顔ですべてごまかされている気がする。
 私は釈然としないものを感じながらも、ようやくこのメイドに一撃を加えることができたので、充実感も覚えつつあった。
「まったく」
 続いて出てくるのは、この十六夜咲夜というメイドに感じる複雑な思いだ。
「貴方は底が知れないわね、咲夜。私の従僕にふさわしいわ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
 雲が晴れ、月が再び顔を出す。
 空の彼方で月見としゃれこもうと思ったが、その必要もなくなったようである。
「さあ、夜を楽しもう」
 私は悠然と歩き出す。咲夜がその後ろについてくる。メイド妖精たちが道を開け、栄光への道を作り出す。
 こんなにもおかしな人間だ。絶対に手放してやるもんか。
 それが私の偽らざる心である。

-レミリア・スカーレット, 東方

執筆者:

関連記事

暴君

 風見幽香の乳圧が臨界点を超えた時、乳白色の液体が勢い良く吹き出してきた。 「おおー」  これには、博麗霊夢と霧雨魔理沙が揃って声をあげた。 「というように……」  幽香は液体を吹き出してしおしおにな …

触手

 ついに完成した。  あとはその威力を試すだけだが、誰を被験体にしたものだろうか?  もちろん、私自身がそうなることを望まない。これはあまりにも強力で、とてもとても自分の身で受ける気にはならないからだ …

 風見幽香はとろふわおっぱいか、それともシャッキリ乳首ピンピン丸か?  いや、通常はとろふわおっぱいでありながら、有事にはシャッキリ乳首ピンピン丸であるやもしれぬ。この二つは決して矛盾しない。そうした …

寂雨

 雨が降っている。音もない雨。何だか寂しくなってくる弱い雨だ。霧雨とは違う。もちろん驟雨とも違う。静かに消え入りそうに降る雨。このまま私という存在が消えてしまうのではないかと思い、ちらりと横を見れば、 …

闇市

 幻想郷には色々な市が立つ。人里の市場は言うに及ばず、河童が主催するバザーなんてものまである。  しかし、いわゆる暗部に存在する「闇市」までは、その知見が及ばぬ者も多いだろう。ここでは人間も妖怪も等し …

2017/07/26

うつくしいひと

2017/07/25

覇者の時代

2017/07/24

消えゆくもの

2017/07/23

暴君

2017/07/17

発火点

 2017年博麗神社例大祭では2種類の新刊が出ます。
 どうぞよろしくお願い致します。