東方 鍵山雛

立て札に水

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 私が水をやっていると、にとりの奴がやってきた。
「やあ、えんがちょ」
「えんがちょ言うな」
 こういう物言いが許せるのは、それなりの付き合いがあるからである。縁もゆかりもない奴に言われたら、思い切り目潰しをしてやるところだ。
「何をしてるんだい?」
 見てわからないのだろうか。
「水を掛けているのよ」
 手にしたじょうろを、にとりに見せつけてやった。
 すると、彼女は首を傾げた。
「立て札に」
「水」
「板じゃなくて?」
「立て札に水」
 にとりの顔がいよいよ怪訝さをアピールしだした。
「おかしくね?」
 いいや、何もおかしくない。もしもおかしいことがあるとすれば、私に誤りがあるとする貴方の心の方だ。
 そう言ってやりたかったが、ぐっと言葉を飲み込むのが私の乙女のたしなみである。心は聖女であるところの私は、決して他人に反論することなく、いいともいいともと抑えることを知っている。もし人間だったなら、嫁に欲しいと評判の娘になったことだろう。それで、結婚なんてする気がないから、「申し訳ございませんが」と楚々として断るのである。ああ、たおやかな私。
「で、この立て札は何なのよ」
「こう書いてある」
 私がにとりに場所を譲ると、彼女はずいと体を入れてきた。サッカー選手ならすばらしいポジショニングだと絶賛されそうな動きだ。
 そして、立て札である。そこには「厄神出没中。注意!」と書かれていた。
「すげえな。喧嘩売ってるじゃん」
「そうね」
 間違いなく喧嘩を売られている。それはわかっている。
「だから、水を掛けていたの」
「なんで?」
「私が災厄をもたらすかどうかなんて、他愛もない水掛け論ってことで」
「ダジャレかよ」
「雅なやり口と言って」
「紫なやり口」
「そこで八雲を持ってくるか」
 河童からしてもこの言われようである。八雲紫という女はよほどに胡散臭いと見られているようだ。とはいえ、仕方ないか。その境界線で踊るような仕草がかの妖怪の本義なのだから、むしろ胡散臭くなくなったら消滅の危機だ。
「でもね、単に掛詞で水を掛けていたわけではないのよ」
「ほう」
 にとりが靴のつま先でとんとんと地面を叩いている。早く先を言えと急かしているかのようだ。
「どういうことだい」
「こんな立て札を作ったのは、もちろん私ではない」
「うん」
「誰か……たぶん人間が置いたんでしょうよ」
「親切なこった」
「だから、感謝と感激を込めて、この札に水を掛けるの。すると、水は大地に染み込み、やがて下手人のもとまでたどり着く。私からの精一杯の厄つきで」
「げー。マジで?」
「私は集めた厄を神々に渡すわけだけど、それ以外の使い道があるとしたら、どうかしら?」
「ますます嫌われるよ」
 ふふ、と私は笑ってやった。
「冗談冗談。本当にするわけないじゃない」
「ホントかなあ?」
 にとりは懐疑的なようだったが、私はそれ以上何も言わずに微笑んであげた。
 そうだ。嘘も本当も変わらない。厄が私の回りに集まっているのは事実だし、この立て札がそれを宣伝しているだけなのも事実だ。
 だが、された側が不快に思わないとも限らない。これを立てた者は身をもってその因業を知ることになるだろう。
 私はすべての水を掛けてしまってから、「あはは」と快活に笑ってやって、その場を離れることにした。
「やい、雛。抜かないでいいのか?」
「いずれ勝手に倒れるわ」
 私の宣言通り、数日後には立て札が倒れることになるだろう。しっかり地面の中に挿し込まれているというのに。
 厄神というものが明るく御しやすいからといって、軽侮していいとは限らない。
 そのことを、きっと誰かが思い知る。
「朽ちて死ぬのも人生よ」
 この言葉を聞いた「自称」人間の盟友は、やれやれとうなずいて去っていった。彼女もまた一端の妖怪なのだ。甘く見ていれば痛い目に遭う。むしろ私より親しい場所にいる分だけ、その取り扱いには注意しなくてはならない。
 ここは幻想郷。人間と妖怪と神々とか交じり合う楽園。だが、楽園だからといって、放埒に振る舞っていいわけではない。喧嘩を売る相手は選ぼう。そういうことだ。

-東方, 鍵山雛

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