メディスン・メランコリー 東方

うつくしいひと

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 メディスン・メランコリーは奇妙なものを見た。彼女が生活の場としている丘に、人間の女がやってきたのだ。メディスンも生まれて程ないとはいえ、一端の妖怪である。単に妖怪の目で見ればひよっこというだけで、人間からしてみれば、危険な存在という現実に変わりはない。
 それに、メディスンの能力は妖怪の中でも一目置かれている。彼女の毒を操る程度の能力は、単体で力量差を覆しかねないほどのパワーを有していた。
 強い者は疎まれ、嫌われる。これは世界の摂理である。幻想郷でも大きくは変わらない。実力者であっても酒の席では無礼講で飲んでいたりもするが、それはいくつかある例外の一つに過ぎない。
 今、自分からメディスンの領域に近づこうという者は、よほど力に自信のあるものか、馬鹿か、変人しかいない。
 では、この人間の女はどれに属するのだろうか。
「貴方、ここは危険よ。毒が回って死んじまうんだから」
 メディスンはあまり驚かせないように、しかし、妖怪として「ナメられない」程度の口調で女に語りかけた。
 女の反応はなかった。
 より正確に言えば、女は一心不乱で鈴蘭の花を摘み続けていた。いったい何に使うつもりなのだろうか。鈴蘭の毒が人体を蝕むことは、メディスンが一番よくわかっていることであるものの、女があまりにも集中して作業を行っているものだから、呆気にとられてしまった。
 それから少し見つめていると、女は決して黙々と花を集めているわけではないことがわかった。時折ぶつぶつと何かをつぶやき、腰につけたかごに入れているのだ。鈴蘭の選別もしているようだった。メディスンには、その行為がより強い毒を選んでいるように見えた。
 何度か話しかけてみたが、やはり女はぶつぶつと何事かをつぶやいているのみで、メディスンへの応接を見せなかった。
 仕方がないので、無視することにした。妖怪らしく襲ってしまっても良かったのだが、この人形の中には「食べるために襲う」や「恐れられるために襲う」といった概念が欠けていた。このあたりは新米の妖怪ゆえというよりは、メディスン・メランコリーという特殊な事例であるからと言うべきだろう。
 後日、メディスンは風見幽香のもとに出向いた。大妖怪であるところの幽香は、いつもメディスンを快く迎えてくれた。若き人形の妖怪には害意がなく、また二心もなく、接しやすいからなのかもしれなかった。もちろん、花を操る妖怪として、鈴蘭の花そのものといっていいメディスンに好意を抱いている可能性もあった。
 とにかく、二人は共有できる時間があった。そういう時には決まって、メディスンが新たに見聞きしたことを話し、幽香が聞き手として真摯に耳を傾けるのだ。まるで人間の母娘のようですらあった。
「……というわけなのよ。あの人間は何がしたいのかしら。あんなに頻繁にうちにやってきたら、少しずつとはいえ、毒は必ず彼女を殺すのに」
「人間というのは不条理な生き物よ」
 女の奇行をあらかた聞いた幽香は、そのように答えた。
「私たちには理解のできないことにでも、血眼になることがある」
「本当に、理解できないわ」
「その女はどんな見かけ?」
「えっ?」
 メディスンはその問いを予期していなかったようで、ちょっと驚いたように背筋を伸ばしてから、ちらちらと明後日の方向を見て、ようやく幽香に視線を戻した。
「そうね。気持ち悪い奴よ」
「気持ち悪いにも種類があるわ」
「髪はボサボサ、肌はボロボロ。爪なんか結構伸びてるし、ゴミも溜まってる。口は半開き。目は虚ろ。手つきはフラフラ。おっぱいもブラブラ。肉付きだってあんまり良くないね。食いしん坊の妖怪も、哀れに思うか、食べるところがないって思うかして、襲うのをやめるんじゃないかしら」
「幽鬼のようだこと……」
 いいえ、と幽香は言った。
「すでに幽明境を越えてしまっているのかもね」
「ん? どゆこと?」
「死んだ気持ちになっているってことよ」
「生きてるのに」
「自分が生きていることを信じられない輩はいるものよ。特に人間には多い。最近は幻想郷の人間も心を惑わす場面が多いみたいだし」
「じゃあ、私が一思いに殺してあげた方がいいの?」
 幽香はメディスンをじっと見た。それから、とてつもないと形容していいほどの笑顔を浮かべ、何度も頷いた。
「妖怪としては正解ね。でも、傍観者を気取るのなら不正解になる。殺してあげてもいいし、殺してあげなくてもいい。前者の場合は未来は明白。後者の場合は未来はおぼろ」
「より楽しそうな方を選べって話ね」
「理解が早くて助かるわ、私のお嬢様」
 幽香に頭を撫でられて、メディスンはどこか嬉しそうだった。彼女は自分が子ども扱いされるのは我慢ならなかったが、幽香にそう扱われるのは決して嫌いではなかった。これは妖怪としての格が影響しているのかもしれなかったし、単なる好意から発しているのかもしれなかった。
 結論としては、メディスンは女を殺さないことに決めた。放っておいても、いずれ毒気に当てられて死ぬのだ。当人が死にたいのなら、その意志を尊重すべきだと思った。必要以上に人間に干渉したくないという気持ちもあった。自分を捨てた種族。自分を生んだ種族。二つの気持ちがどろどろに煮込まれて一つになっていて、簡単に分けられるものではない。そうした思いが、留保とも言える判断に繋がったのかもしれなかった。
 それから数日の後のことである。メディスンの姿が、再び幽香の居宅の中にある。彼女は幽香を遠方の敬愛する祖母のように慕い、こうして足繁く通ってくる。幽香もそれを満更でもなく思っているらしく、小さな人形を紅茶と菓子で歓待する。もっとも、メディスンの食事はあくまで真似事で留まっているのであるが。彼女の滋養はあくまで毒だ。
「知ってる?」
 その日もメディスンを迎えた幽香は、紅茶を供してからすぐに、そう切り出してきた。
 あまりにも突然の、それもほとんど情報を与えられない中でそう問われたものだから、メディスンは頭の上に疑問符を浮かべることになった。
 さて、私は何を知っているのだろう。私は私自身のことですら、完璧に知っている自信なんてないのに。
 そんな哲学的な問いさえ浮かんだが、実のところ、幽香はメディスンに禅問答なと仕掛ける気はなかったのである。
「貴方の花畑に来ていた人間の女のことよ」
 ああ、とメディスンは声を上げていた。
「その人のこと!」
 実はメディスンも話をしようと思っていたのだ。
 もちろん、単に知っている知っていないの話ではない。その段階は前回の訪問の時にすでに解決されている。
 だが、幽香はメディスンよりも早く言葉を重ねた。
「彼女、死んだわ」
 メディスンは呆気にとられた。これは彼女の知らない事実であった。
「毒が回ったのね。馬鹿な人間。私があれだけ言ったのに」
「貴方の言葉は半分合っているし、半分間違っている」
「どういうこと?」
「あの女は自殺した。貴方の毒を使ってね」
 自然に毒が蓄積して死んだのではない。集めた毒を使って自殺した。
 メディスンは告げられた事実に関して、いよいよ不可思議なものを覚えた。だが、人間とはそういうものなのかもしれないとも思った。わざわざ毒を使って死にたくなるくらいには、苛烈な世界が広がっているのかもしれないとも。
 幽香はなおも強烈に死をもてあそぶ表情をしていた。
「あの女は、自分の家族を皆殺しにして死んだ」
 無理心中。
 メディスンの幼い思考の中に、その単語が浮かび上がってきた。
 そして、同時に思い当たることもあった。
「あれはそういうことだったのね」
「何か思い当たることでも?」
「そう、三日……四日前になるかしら。あの人間の女がやってきたわ。でも、いつも通りの格好じゃなかった。まるで晴れの舞台に立つかのようにおめかししてきて、顔にもばっちり化粧をしていたし、良い香りもした。これまでの自分を捨て去るかのように、美を追求していたわ」
 幽香は「ふうん」と声を出した。何かを得心したようだった。
「それは死に化粧だったのかもしれないわね」
「うん」
 メディスンも、その概念を知っていたので、頷くことで賛意を示した。
「あの人間は、死ぬ決意を固めたんだ」
「大勢の人間を道連れにしてね」
「どれだけ死んだの?」
「いっぱい死んだわ」
 幽香は嬉しそうだった。人間のくせにとんでもない蛮勇を、あるいは唾棄すべき奸智を発揮した女に、妖怪なりの好意を表現しているようでもあった。
「大人も子どももね」
「どうして心中なんてしたのかしら」
「さあ……そこに興味はないわ。人間の中の道理なんて、私たちには通じないものだから。でも、自分の死出の旅についてこさせるという傲慢さは、少なくとも私にとっては心地よく感じる。なんて強引で、なんて独善的な考えかしら。彼女は虐殺したかったのよ。自分の仲間をね」
「幽香は大量殺人が好きなのね」
「無論よ」
 酷薄な妖怪だ、とメディスンは思った。彼女はそれに完全に同調できない程度には、人間の事情も理解しているつもりだった。この世界は人間にとって苛烈すぎるのだ。自由の翼をもがれ、放埒の尻尾を引きちぎられた彼らは、義務と権利の大地を這いずり回る芋虫のようなものだ。どんなに自分がみじめに思えるだろう。すぐそこに我が世の春を謳歌する者たちがいるというのに、格子越しに見ていることしかできない。
 生かす愛があるのなら、殺す愛もあるはずだ。
 そう感じてしまう人間がいたとしても、不思議ではない。
「ねえ、メディスン」
 幽香は言った。
「貴方は女を見てどう思った?」
「突然ね」
「彼女は貴方の花畑を訪れた時に、完全に死ぬ意志を固めていたのでしょう。人間の決意というものは、私たちにはない美徳よ」
 ただし、幽香は「美徳」という言葉に羨望ではなく嘲りを加えているように聞こえた。
「死に魅入られた人間は途端に輝きを放つことがある。彼女たちはいつも生と死で懊悩し、ふらふらと行ったり来たりしているから、生の線上から死をはっきりと見つめた時、その魂は輝きを増す」
 紅茶に口をつけ、幽香はしばし無言でティーカップを見つめた後、再びメディスンを見た。
「どう? 貴方の目から見て、その女はどんな感じだった?」
 試すわけではない。
 計るわけでもない。
 幽香は純粋な興味から、メディスンの反応を見たがっているようだった。
 だから、メディスンはすんなりと記憶の糸を手繰り寄せてくることができた。自らの最期を決めた女の姿。何もかもを巻き添えにすることを決めた女の顔。たとえ血に塗れるとしても、それさえ自らの化粧にしてやらんとする女の手つき。
「私は思ったよ」
 メディスンは一語ずつ発話し、それから幽香の顔をじっと見た。あの女は決して幽香に及ぶものではなかったが、でも、と思うのだ。
 ああ、なんて、うつくしいひとなのだろう。
 まるで赤子のような純粋な思いが自分の心を揺らしたことを、メディスンは認めざるを得なかった。たとえそれが死に化粧の美しさだったとしても、散る花の可憐にも似て輝いていたことを、はっきりと確かめたのだ。
 そうだ。
 私はあんなにうつくしいひとに焦がれたから、裏切られて悲しくなったのだ。
 自らの境遇に光を当て、メディスンはそう思う。
「ええ」
 そう感じられる貴方もまた同じ。うつくしいひとのかたちね――。
 メディスンが幽香の言葉にはっとすると、彼女はまた優雅に紅茶を飲んでいた。
 だけど、と褒められた人形は思うのだ。最もうつくしいひとが誰かと問われれば、私は間違いなく今目の前にいる大妖怪を挙げるだろうと。
 美は死の向こう側にある。ならば、無数の死を背負った風見幽香という存在は、どれほど美しいことになるのだろう。
 メディスンはただただそのように感じ、ここに来てようやく紅茶を口に運んだ。たとえ真似事に過ぎないとしても、単なる自律人形のままで終わりたくはなかった。彼女はうつくしくありたかった。
 誰のようにか?
 誰のようにだろう。
 思うに、美とは常に自分との対話ではないか。そこには模倣する何物もなく、ただ自らを追求するしかないのではないか。
 そんな風に思って、メディスンはまた紅茶を飲んだ。

-メディスン・メランコリー, 東方

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