東方 風見幽香

激流

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 幻想郷に三日三晩の雨が降った。人間の里でも妖怪の山でも、どこに行っても雨模様。日照りの心配さえしていたところにこの雨のため、初めは歓迎していた人間や妖怪たちも、さすがに二日三日と続くと「もういいよ」という顔つきになっていった。
 そういう雨が、四日目を迎えようとしていた。
 根腐れするでしょうね、と風見幽香は思っていた。事実、彼女の花たちは力なくうなだれていった。花を自由に操る彼女の力を使えば、穴の中でも凛々しく立たせることができるだろう。しかし、自然の法則にすべてを任せた場合、やはり萎れるのを防ぐことはできない。アジサイなどは元気に咲いているが、それにしても、長い雨にはうんざりしている花々の方が多い。
 これは異変だろう。
 幽香はそう考えた。異変ならば、そろそろ腰の重い巫女や手の早い魔法使いが動くはずだった。どちらも旧知の仲だが、人間らしい洞察力の低さが玉に瑕だった。もっとも、一度動き出してからは明敏な判断を見せることも多いのだが。
 たまには私が異変を解決してみるか、と幽香は柄にもなく考えた。彼女のような強力な妖怪が軽々に動けば、どんな影響が出るか計り知れなかった。だが、天上の者たちに文句の一つを言うくらいは権利があるだろうと、彼女はまた考えていた。
 幽香は動くことに決め、あっという間に妖怪の山までやってきた。日頃から水量の多い川は、今や轟々と音を立てて荒れ狂う激流と化していた。これでは流し雛もたまったものではない。くるくる回りすぎて、川底で目を回しているかもしれない。河童たちも川流れを起こすかもしれないが、それはまあどうでもいい彼女である。
 珍しい顔ぶれが川の近くに浮いていた。八坂神奈子と洩矢諏訪子、山の神社の二柱だ。現人神たる東風谷早苗の姿は見当たらなかった。
「こんにちは、お二人さん。貴方の神社の巫女が溺れたの?」
 のっけから喧嘩を売るような内容であるが、幻想郷では日常茶飯事である。神奈子と諏訪子はともに「面倒な奴が来た」という表情を浮かべた。それがわかる程度には、幽香とて生き物の顔を見ている。
「早苗なら異変を解決に向かったよ」
「だけど、的外れの方に行っちゃったからねえ。こりゃいけないってもんで、私たちで解決してしまおうと考えたのさ」
 どうやらぽんこつ風祝は、異変解決のために飛び出したはいいものの、まるで関係のないところに向かってしまったらしい。出来の悪い娘を持つと苦労するということかもしれない。
 一方で、犯人がわかっていて言わないあたり、この二人も相当に性格が悪いと言えた。ただし、幻想郷では俗に言う「性格が良い」者は生き残れない。悲しい話ではある。
「この長雨の正体がわかっているのかしら」
「貴方にはわかっていないようだね、長生きさん」
「そうね……」
 諏訪子の方が正確は悪いな、と幽香は思った。
「まあ、貴方たちが何とかするっていうんなら、私は別にどうでもいいわ。早くこの雨を止めてちょうだいな」
「お願いをする態度じゃないな」
 神奈子が言った。腕組みをする姿は実に神々しいが、かといって幽香の中に信仰心は毛ほども出てこない。
「私たちが異変を解決しないと困るんだろう?」
「異変の原因を知っていたのに解決しない方が、貴方たちにとっては困ったことになると思うのよね。霊夢に泣かされても知らないわよ」
「他人の暴力をあてにすることほど、みじめな話もないな。私たちにそうさせたいなら、させてみればいいじゃないか?」
「いいのかしら。ただ、私が本気を出すと、貴方たち程度では支えきれないかもねえ」
 一触即発である。
 そして、幽香には引く気などさらさらない。ただでさえ長雨で苛立ちが募っていたのだ。そこに持ってきて、この応答である。小突き回したくなる気持ちばかりが育っていった。そもそも、神という存在が尊大ゆえに嫌いな幽香だ。ここで退く選択肢などまるでなかった。
 降る雨はいよいよ勢力を増したようである。幽香と神奈子と諏訪子の間を切り裂いて、止め処なく降る。これを涙に例えるには、少々号泣がすぎる。かといって、水入りと形容するのもはしたない。
 幽香は両手を開いたり閉じたりした。彼女がさす傘は雨中でも咲き続ける花である。たとえ豪雨が相手だろうと、萎れることはない。それは二柱の神が相手であっても、変わることはない。
 弾幕戦か、白兵戦か。
 幽香が心の中で考えるビジョンは、いずれも激闘の未来を示していた。このわからず屋どもに思い知らせるためには、雷鳴よりもなお苛烈な一撃が必要だろうとも感じていた。
「物騒だねぇ」
 そこへ割って入る者がある。鬼の伊吹萃香だった。
「雨が降った時くらい、仲良くしたらどうなのさ」
「雨や雪程度で……」
 幽香は言い返そうとしたが、完全に気勢を削がれてしまった。
「もういいわ。で、貴方は何をしに出てきたの?」
「何も。もうすぐ雨は止むだろうし、そんじゃ風流に雨でも眺めながら酒飲むかって思ってたら、喧嘩しそうな奴らがいるじゃないか。巻き添えを食うのは御免だからね」
「もうすぐ雨は止む?」
 諏訪子は萃香を見た。
「龍神の機嫌がそうそう簡単に治るのかね」
「これは龍神の仕業じゃないよ。外の世界の天候操作だ」
「天候操作だって?」
 そんな高等なことを外の連中ができるのか、と神奈子が尋ねた。
「できるよ」
 萃香は酒を口に含み、しばし味わった後に飲み下した。
「彼らは人工降雨装置と呼んでいるけど」
「しかし、あれは」
「外向けのパフォーマンスに過ぎない」
 幽香は口を挟んだ。
「本当は外の世界でも生き残っているのよ。祭祀を行う者たちによる雨乞いの儀式が。ただ、彼らはそれに文明の科学力を合わせているから、我らが龍神の尻尾を踏んづけているというだけよ。知らなかったの?」
「ああ、知らなかった」
 神奈子の答えは明解で、幽香は少しだけ好感を持った。
「実用化したのは最近だから、貴方たちが知らなくても仕方ない」
「外の世界の人間は政治の問題から逃れるために気象兵器を使うって話してるけどね」
 馬鹿馬鹿しい、と萃香は言った。
「本当は金融の問題から逃れるために天候を操作するんだ。国単位で大儲けか大損した時に天気を変えることで、その問題から目を逸らさせているんだよ。金ってのは川と同じで、流量が多すぎても少なすぎても問題だからねえ。だから、目の前の激流に目を囚われていたら、その底に流れる色の違う水にも気づけないってことさ」
 幽香の脳裏をよぎったのは、工業化によって汚染された川の光景だった。外の世界では今なお人間勢力による自然との戦いが続いている。その先にあるものなど、自滅しかないというのに。
 ただ、問題はそれだけではない。幻想郷にまでその効果が及んでいるとはいえ、その恩恵に浴したがっている奴らがいる。
 彼女は今回の異変の原因をそう見ていた。
「でも、あいつらにお灸は必要でしょう?」
 幽香はそう語りかけた。
「外の世界の気象兵器に便乗しただけとはいえ、それに悪乗りしているのは疑いようがない」
「全くだ」
「そう思うね」
 神奈子と諏訪子も同意した。
「どうせもうすぐ止むのに」
 萃香は呆れているようだ。明らかに渋っている表情をしている。
「わざわざ横から殴りつけることもあるまい」
「異変には元凶が必要なのよ」
 くるくると傘を回しながら、幽香は断じた。
「特に、河童どものような性悪には行動をもってわからせる必要がある。技術に酔って自分たちが物事を動かせるなんて思えない程度に、徹底的に」
 このことである。
 今回の異変の主役は、あくまでも外の世界で起きた出来事だ。そこに幻想郷が介在する余地はない、はずだった。
 しかしながら、この雨で得をする輩がいる。河童である。彼女たちは外の異変に自らの発明品を組み合わせることで、恒常的な雨を生み出し続けることに成功した。もっとも、その装置は不完全なものゆえに、外の原因が弱まれば、自然とその役目を終えることになるだろうとも考えられた。
 例えるならば、風邪だろうか。風邪は体力さえあれば勝手に治る。自己治癒力の効果である。だが、河童たちはこの風邪っぴきの服を奪うことで、少しでも長く病の治療を遅らせようとしている。彼女たちはほとんど無自覚だが、やっているのはそういうことだった。幽香は早急にその原因を取り除く風邪薬になろうというのだ。
「やるか」
「やろう」
 神奈子と諏訪子も同意見のようだった。激流と化した川を見つめる彼女たちの視線は、山を支配する神々としての矜持にあふれたものになっていた。
「一緒に来るだろう?」
 神奈子が水を向けると、萃香はため息をついた。
「酒を飲みに行くみたいに誘ってくれちゃってまあ」
 だが、その目には鬼の性分たる闘争への期待が表れていた。
「ま、行くんなら付き合うさ。喧嘩で憂さと空を晴らしてやろうじゃないの」
「よし」
 幽香は、そして神奈子、諏訪子、萃香は改めて川を見た。
「わからせてやりましょう」
 かくて、幻想郷でも有数の猛者たちが、一斉に河童の住処に突入していった。それは雨で力を得た川でさえも吹き飛ばすような、より激しい流れだった。哀れな小異変の企みを持った者たちがどのような目に遭ったのか、もはや著述するに忍びないので特に伏す。

-東方, 風見幽香

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