東方 犬走椛

植物園

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 私はこの任務が嫌いだ。哨戒任務の方が性に合っているというのは間違いなくあるが、それを差し引いてもここの警備の任は不気味すぎた。端的に言ってしまえば、「怖い」と感じていた。
 それは山の中にある。正式な名前は忘れた。おそらく誰も覚えていないのではないだろうか。皆が皆して「植物園」と呼ぶその場所には、植物状態になった人間たちが保管されている。彼らは生存のために必要な最低限の措置を取られてはいるが、もはや自分の意志では動くことも叶わない。排泄物は自動的に処理するシステムに組み込まれている。
 どうしてこんな施設があるのか、誰も正確な理由を答えられない。もしかしたら大天狗様ほどになれば知っているのかもしれないが、白狼天狗である自分にとっては遠い話だ。
 仲間と話して合意したことには、たとえ植物状態となった人間でも利用価値があるため、ここで生存させているのだということだった。でなければ、さっさと息の根を止めて、適当な場所に埋めてしまっているだろう。
「わっ!」
 驚いた。
 ちょうど物陰に当たる角から、他の白狼天狗が飛び出してきたのだ。私も声を上げそうになってしまった。
「椛かぁ。ああ、びっくりした」
「私もだよ」
「やっぱりこのお役目は嫌だね。早く空の見える場所に戻りたいな」
 彼女の言う通り、この場所は石造りの洞穴の内部に作られていて、魔法による微弱な光だけがぼんやりと照らし出している状況だった。そういう状況もあって、いよいよ不気味さ極まる環境となっている。
 同胞と別れて、再び植物園内の見回りに戻る。
 そうなのだ。そもそも、白狼天狗がこの場所を見て回らなければならないというのもおかしい。上層部は何かを恐れているのだろうか。わざわざ戦闘能力と偵察能力に長けた白狼天狗を使わねばならない理由は、他に考えられない。
 もちろん、白狼天狗の使い勝手がいいことは認めよう。私たちは駒だ。この山の頭脳が判断する通りに動く。しかし、あまりにも理不尽であり、また意味が不明すぎる。
 私の嫌いな列がある。この列の左右に並んだベッドはすべて斜めになっていて、かつ全員の眼球が動くのだ。私が踏み入れようとすると、恨みがましい視線がぎょろりとこちらを向く。もしかしたら、単純な肉体反応として、音や気配にだけ敏感になっているのかもしれない。
 でも、何だか怖い。
 彼らは天狗社会に対して並々ならぬ恨みを抱いていて、いつか報復する瞬間を待っている。そんなことになれば、いよいよ幻想郷の危機が迫った時ではないだろうか。我々は幻想郷で最も高度な組織を持っている。そういう自負がある。天狗の絶滅する時は、幻想郷が消え去る時だ。
 いいや、と彼らが否定してくる気がする。
 そうなのだ。もしかしたら、幻想郷は天狗を必要としていないかもしれない。その結論が怖くて、こういう話題は仲間との会話でもタブーだった。自分たちの存在意義が揺らぎだしたら、それは決して触れてはいけないことなのだ。
 人間もそうだ、妖怪だって同じだ。自分の生まれてきた理由を考え始めたらキリがない。自分が死んでいく理由を追い求めたら頭がおかしくなる。
 では、彼らはどうなのだ?
 もはや自分の意志では生きることも死ぬこともできず、天狗に管理されるだけの生きた植物と化した彼らは、頭がおかしくならずに済んでいるのか?
 私はそうは思わない。絶対に狂う。だが、狂ったとしても一定の思考の定型は維持するかもしれない。即ち、復讐だ。自分をこんな目に遭わせたことに対する怒り、悲しみ――そういえば、さっき同胞の悲鳴が聞こえたような気がする。誰かが何かを咀嚼しているような音も聞こえる気がする。植物人間の群れは私を見ている。みんなみんな、私を見ている。
 ああ、ここはすでに狂気の世界なのかもしれない。尋常な精神で踏み入ってはいけない狂気の館だ。
 天狗はどうして「植物園」を作る必要があったのだろうか?
 この場所は天狗にとってどういう意味を持つのか?
 根源的な問いだ。掘り下げてはいけない問いだ。
 遠くから聞こえていた咀嚼音が消えたように思う。悲鳴ももう聞こえない。まさか本当に死んでしまったのか。この中に目覚めた奴がいて、私たちを殺して回っているのか。
 噂を聞いたことがある。植物園に運び込まれる者は、天狗が他からさらってきた人間だ。それも人間との盟約を破ってさらってきた人間。人体実験や性欲の発散のために使われた哀れな生贄は、ついに植物状態となってここに運ばれてくる。名目上は実験サンプルの保管だから、どんどん積み重なる。植物園では入荷が破棄を圧倒している。そのうちここだけでは足りなくなり、別の場所にも同じ施設が設けられるだろう。
 無数の怨念を踏み台にして、妖怪の山はその繁栄を手にしようとしている。そうして手に入れた覇権の先に、いったい何があるというのだろうか。
 私は自然と歩みが速くなる。「植物」たちの視線はどこまでもついてくる。ふいに、物陰から何かが現れた。
「わあ!」
 思わず声を上げ、後ろに飛び退って刀を構えた。
 いや、大丈夫だ、あれは味方だ。
 私の思考がようやく肉体の制御に成功する。先程の同胞だった。
「すまない、驚いてしまった」
「いいよ、いいよ……」
 同胞は笑顔だった。
 だが、その雰囲気に異様なものを感じるのはなぜだ?
 きっと植物園の陰鬱さに当てられたのだろう。私もまだまだ弱い。
 そうだ、そうだとも。
 まさか植物たちが彼女に危害を加えて、「何か」をしたとでも?
 ありえない。馬鹿馬鹿しい。
「もうすぐ交代の時間だ。行こう」
 私の言葉に、彼女は口の端に笑みを浮かべたように見えた。
 ああ、恐怖心が見せた錯覚に違いない。そうに決まっている。それにしても、こんな場所の警備はやめて欲しい。どうしても警備が必要なら、利用者が力を合わせてやればいいんだ。
 それとも、やはり戦闘に長けた白狼天狗でなければならないのだろうか。不測の事態に備えて、戦う者たちでなければならないのだろうか。
 思考に思考を重ねる私の後ろに、彼女はゆっくりと回り込んでいった。薄暗い中で見る彼女の肌は、どことなく土気色をしているように見えた。

-東方, 犬走椛

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