東方 風見幽香

晒し首

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 風見幽香は不快だった。自分の縄張りの中に、それが設けられているのを知ったからだ。現れたのは半日前であることはわかっていた。その程度の知覚くらい、彼女には余裕である。
 最初は間抜けな妖怪が紛れ込んで来たかと考えた。言っては何だが、幽香は有名人である。人間であろうと妖怪であろうと、敵対する者に容赦をしないと恐れられている。幽香自身も満更でもなく、その評判を利用している。うかつに花畑にやってこようものなら殺すと。
 だが、小さな妖力の主は出ていかなかった。幽香は知覚が届く範囲を自分の領土だと考えている。彼女は単体で国家なのである。その国家の平穏を乱すような真似は好ましくなかった。
 これは外の世界の人間が気密性の高い屋内で油虫と遭遇するのに似ている。自分だけの世界を汚されたくない。まして視界の隅でチョロチョロされるなど耐え難い。
 自分の存在を知っていてなお退かないというのは、即ち敵対行動であると認識されてもおかしくないだろう。
 幽香は自分の中で冷徹に結論を出し、家を出て(実はこういうアジトをいくつも持っている)、傘を差した。夏至を過ぎていよいよ蒸し暑くなってきたが、彼女は汗一つかかない。
 やがて、目当ての場所へとやってきた。警告の意味も込めて徒歩でやってきたのだが、ついに力弱き存在は動こうとはしなかった。この距離ならば、どんなに鈍感な妖怪でも幽香の妖力に気がついているはずだった。それどころか、あまりのレベルの違いに泡を吹いて倒れる可能性まであるのだ。
 まるで蚊取り線香で蚊が落ちるように、その妖怪もすっかり気を失ってしまっていたのだろうか。
 ともあれ、幽香がやることは一つだった。邪魔者は消す。容赦など要らない。
 そこには首があった。
 正確には晒された首、罪人が受けるような晒し首だ。
 今はまだ原型を保っているが、これから暑くなってくると腐り、ハエがたかり、ウジが湧き、見るも無残な姿になるだろう。
 なお哀れなことには、その首は年端もいかない少女のものだった。
「ちょっと」
 幽香は呼びかけた。元より、その晒し首が単なるオブジェでないことを知っていた。これこそが妖怪なのだ。単なる刑罰の後ではない。
 生首の目がぎょろりと動き、幽香を見た。
「こんにちは!」
 少女然とした明るい声での、朗らかな挨拶だった。
「はい、こんにちは」
「貴方が風見幽香さんですか」
「そうよ」
 会話の主導権を持っていかれないようにしなくてはね、と幽香は思った。
「貴方は何者?」
「晒し首です」
「それは知っている」
「見ればわかりますよね……」
「ここに何しに来たの? 私に殺されに?」
「とんでもない!」
 晒し首はどうやらろくろ首のように自由に動かせるわけではないらしく、首の代わりに目を左右にきょろきょろさせた。
「貴方が幻想郷の顔役と聞いて、挨拶に伺ったのです」
「誰が言ってたのかしら、そんなこと。早いところ殺さないと」
 これが風見幽香である。容赦はないし、躊躇もしない。殺すと決めたら殺す。彼女にとっての必殺技は、字面そのままの必殺である。
「あ、このままだと失礼ですね」
「始まりから終わりまで全部失礼よ」
 おおい、と晒し首が何かを呼んだ。
 すると、どうだ。
 晒してある木製の台の下の土が盛り上がり、首なしの死体が現れた。少女らしい体つきではあるが、こちらはすでに腐食が始まっていて、健全な感覚で言うところの「美しい」には当てはまらないものになっていた。
 首なし死体が自分の頭を持ち上げ、さらに木製の台を手の中に吸い込んだ。そう形容するしかない状況だった。手をかざしただけで飲み込まれたのだ。手のひらに口がついているのではないかと疑う光景だったが、幽香はまるで驚かなかった。そういうことをするのが妖怪であり、妖力なのだ。
「どうも、お待たせして」
「ええ、どういたしまして。それで、今ここで死ぬ? それとも、もう少し生き地獄を味わってから死ぬ?」
「ひええ」
 晒し首がいやいやと手を突き出し、それから土下座してぺこぺこ誤った。どっちにしても自分の「頭が高い」状況だけは変わらないあたり、晒し首妖怪としての限界を感じる。
 本当に消し飛ばしてやろうか、と幽香は考えた。それは彼女が息をするようにしている思考だった。
「あのね。挨拶なんていらないから、さっさとこの場から消えなさいな」
「そんなご無体な」
「私は、いや、たぶんどんな妖怪もそうだと思うけど、縄張りを荒らされるのが嫌いなの」
「おしっこでマーキングしてる犬みたいですな、ハハハ」
 晒し首の左腕が消し炭になった。
「すみません! 調子に乗ってすみません!」
「本当よ」
 幽香はほぼノーモーションで手のひらを突き出し、そこから極上の弾幕を発射していたのだ。殺意に満ちた閃光は、晒し首の左腕を寸分違わずに消し飛ばした。もっとも、それがほぼ飾りに等しいことは幽香も理解していた。あくまでも警告だ。
「私が平和主義者だったから、この程度で済んだものの」
「そうですよねえ。普通なら、これが、その、超やばかったです。幽香さんが寛大だったおかげでたすかっ、助かりますた、ました」
 わりと動揺しているので、幽香は良い気分になった。彼女は他人が焦ったり怯えたりするのが大好きである。
「すぐ復活するでしょう?」
「ええ、はい、ええ、ご安心ください。軽傷で、いや、実質は無傷ですから」
「で」
 大丈夫という相手に付き合うほど、幽香は暇ではなかった。たとえ一日中傘をくるくるさせているだけだとしても、彼女は常に多忙であった。
「さっさと消えてくれない?」
「ええと」
 晒し首は上目遣いになった。というより、首を残った右手で抱え持つことで、自然とそうなった。
「どこへ行けば……」
「そんなの貴方の勝手よ」
「来たばかりで勝手がわからなくて」
 幽香は本人が言う通りに平和主義者である。無益な殺生をする気はなかった。彼女が好きなのは意味のある大量虐殺なのだ。統計にもならない殺害は彼女の望むところではなかった。第一、この妖怪のリアクションはあまり好みではなかった。風見幽香の奥に潜む心根を震わせるには至らなかったのだ。
 もしも、晒し首が幽香の認めるほどに強かったなら、たとえ太陽と月とが幾度巡ろうとも、容易に帰したりはしなかったろう。
「自分で決めなさい」
 幽香はすっかり呆れた表情だった。興味を一片たりとも持ち合わせていないという証明をしているようですらあった。
「ああ」
「はい?」
「貴方に似た奴がいた。柳の下のデュラハン」
「へえ」
「へえじゃないわよ」
 幽香はため息をついた。
「どうせ晒し首になるなら、そこらへんで商売を始めたらどう?」
「最近はどうにも晒し首業界も不景気で……」
「そんな狭い業界の事情なんて知らない」
「そうですか? 生首業界といえば、それだけで千年王国が築けるくらいにメジャーなブランドなんですが」
「本当にメジャーなら幻想郷には来てないでしょ」
「今世紀に入ってからいよいよ下火なのは否めないんですよねえ」
 私の知る限りでは首業界もまだまだ捨てたもんじゃないみたいだけどね、と幽香は思った。外の世界では怒りと悲しみがないまぜになり、残酷な処刑なども頻繁に行われているのだ。宗教戦争も絡んでいるから余計に悲惨であり、かつ首切りは決して異教ではなく同教の者に対しても行われている現実がある。
 首というのは今も昔も象徴的な存在だった。息を繋ぐ場所であり、人が人たらんとする器官であり、殺人者たちをぞくりと震わせる魅力に満ちた部位だった。
「はあ、腐ってる奴ってことで、寺にでも引き取ってもらおうかしら」
「死体が寺にあったんじゃ、当然じゃないですか」
「貴方ねえ。驚かすだけが商売なの? 唐傘お化けでもあるまいに」
「驚きの感情が滋養ですから、積極的に人間を取って食おうって感じでもないですね。あ、そもそも私にしてから、無実の罪で首を斬られたんで、なるべく人間には優しくいきたいです」
「そういうの、普通は恨みを深めるものだと思うけど」
「いやー、私もいたいけな少女ですから、同じ境遇の子を引っ張り込みたくないですよ」
 晒し首はすっかり明るく笑った。
「殺すのなら、悪いヤツだけにしたいですね」
「善悪の区別はどうやってつける気? 選り好みしてられるほど、世間は甘くないの」
 どうしてこんな妖怪としての心構えを教えているんだろう。
 幽香は自分の行動に疑問を持ったが、晒し首に対する殺意はすっかり萎えているのも事実だった。元が少女というのも影響したのかもしれない。実のところ、風見幽香という押しも押されもせぬ大妖怪は、少年少女に対して非常に融和的であったと言える。彼女自身が花を愛でるように、子どもという対象を殺戮の相手として見ない部分が大きかったのだ。
 いつしか、二人は花畑の周りを歩いていた。どこへ行こうとも示し合わせたわけではないが、とにかく歩いて談義したくなったのかもしれない。古来より歩くという行為は議論の大幅な発達に繋がる。
 それに、幽香も散歩は好きだった。うかつに他者の領域に踏み込まないという意味でも、自分の勝手知ったる場所を歩くことはよくする行動であった。
「幻想郷にやってきて」
 幽香は言った。
「いったい何を成そうというの?」
「さあ」
 晒し首は早口で答えた。
「特に考えてなかったっす」
「考えなさいな。能無し呼ばわりされたくないのなら」
「おっす。タメになります」
「貴方みたいな根無し草を受け入れてくれるところは、と……」
 自身でも気づいていなかったが、幽香はおせっかいな部分があった。あまりにも力弱い存在を見つけた時、救いの手を差し伸べたくなる性質というべきだろうか。例えば、人間が濡れそぼった子犬を見つけた時に抱くような感情である。この時、人間は絶対的な優位にある。それこそ生殺与奪の権利を持っている。そこで見捨てるか、温かく迎え入れるかは個人差があろう。幽香は後者だった。
 もしも、一瞬でも晒し首が妖怪らしい殺意と害意を抱いていたならば、たちまち細切れにされていただろうに。良い意味で毒気を抜かれる部分があったのが、彼女にとっては幸いした。
 少しの時間の後、幽香と晒し首の姿は狸の頭領、二ッ岩マミゾウの前にある。
「というわけで、貴方のところで飼ってちょうだい」
「いや、いきなり押しかけてこられたかと思えば、ペットの押し売りかね」
「私はペット?」
 愛玩妖怪より上には成り得ないわね、とは幽香の弁だ。
「よりによって私の領域に踏み込んでくるなんて」
「確かに、良い根性しとるのう」
 ここは幽香とマミゾウの見解が一致した。
「そんなにヤバイんですか、幽香さん……」
「おお、ヤバイともヤバイとも。激ヤバじゃ。晒し首が潰し首になるところだったじゃろうな」
「ひえぇ」
「潰しはしないわ、汚れるもの。消し飛ばすのよ」
「お前さんの一撃を食う奴の冥福を祈るよ」
 マミゾウはぷかぷかと煙管を吸っていたが、やにわに紫煙を吐いた。
「ええよ。うちで面倒を見てやろうじゃないか。どうせ寄り合い所帯じゃ」
「ありがとうございます!」
「素直でいいことだ。幻想郷の妖怪はどいつもこいつも捻くれてる上に好戦的じゃからな」
「自分の組を作って、縄張りを主張して、挙句には人里まで手に入れようとしている」
 幽香は妖艶な眼差しをマミゾウに送った。
「どちらが好戦的かしら」
「お前さんがどれだけ野心家かはな、来てからまだ日の浅い儂にもようわかっておるよ。喧嘩が好き。戦争が好き。虐殺が好き。この世で最も最低の種族」
「『最も』と『最低』の二重表現は美しくないわね」
「ふん。幽香にはそれくらいで充分じゃて」
 和気あいあいではない。こうして話している間にも、場の空気は張り詰めていっている。それを証拠に、晒し首が死ぬ前そうだったのではないかと思えるほど凍りついた表情になっていっている。
 風見幽香は大妖怪であり、二ッ岩マミゾウもまた大妖怪である。二人の間で単純な比較は用をなさないが、そこに純粋な力比べを持ち込もうとするのが幽香であり、奸策を含めての総合戦で決しようというのがマミゾウであった。
 この二人が本気で争った日には、晒される首は一つや二つでは足りなくなるだろう。
「何じゃな」
 煙管を置いて、マミゾウは言った。
「儂にとって意外だったのは、お前さんがこんな慈善事業に手を染めておることよ。てっきり妖怪だろうと何だろうと食ってしまって終わりだと思っていた」
「人間はダニを食べたりしないわ」
「私はダニですか!」
「ふうん」
 晒し首の悲痛な叫びは、残念ながら無視されたようである。
「ま、気まぐれは偉大な妖怪の常ではあるが」
 マミゾウの「偉大な」というイントネーションには若干の棘があった。さながら英単語のグレイトにも似た響きで、小馬鹿にした雰囲気を感じさせるのだった。
「いつか首を晒されることにならんよう、充分に注意することじゃな」
「そっくりそのままお返ししても?」
 幽香は刀のように傍らに置いた傘に手を触れさせた。害意はないことを示すための右側置きだ。もっとも、利き腕などという概念が妖怪に乏しいことは、幽香自身も、マミゾウも、知らないはずがないことではあった。
「貴方のような野心家には、畳の上での往生よりも断頭台の露の方がお似合いですもの」
「ふぉっふぉっふぉっ。高い評価じゃ。だが、断頭台が最も似合うのは、それに見合った格の持ち主だということを忘れてはならんぞい。刃が断つものは命脈のみにあらず。そこに流れる悠久の歴史を断つのじゃからな」
 マミゾウの言は、自分もまたそれにふさわしい存在であることを誇示するかのようでもあった。
 じりじりとした二人の見つめ合いは、しかし、唐突に終わりを告げる。
「親分!」
 二ッ岩組の紋所を背負った狸がやってきたのだ。
「博麗霊夢が来ています。晒し首の妖怪について……」
「来おったか」
 マミゾウは晒し首を見た。
「お主、来て数日で名前を売ったのう。博麗の巫女に目をつけられる光栄に浴しておるぞ」
「退治されちゃうんでしょうか?」
 不安げな面持ちの晒し首の頭を(腐っているように見えるのはあくまで「演出」だった)、マミゾウはぽんぽんと優しく叩いた。
「もはやお前さんはうちの預かりよ。いきなり放り出したりはせんわい。のう、幽香どの?」
「平時の狸ほど信用ならないものもなく」
 幽香はマミゾウの視線をかわすように目を伏せた。
「しかし、戦時の狸ほど頼れる存在もない」
 立ち上がり、見下ろすような形を取る。
「じゃあ、行きましょうか。霊夢に妖怪の矜持を見せつけてやらないと」
「おお、怖い怖い」
 マミゾウも立ち上がり、幽香と視線の高さを同じくする。
「お前さんが敵でないことを心からありがたいと思うよ」
 それもいつまで続くものかどうかわからない、と幽香は思った。
 ともあれ、今は肩を並べる存在ではあった。妖怪の矜持と言ったが、半分くらいは旧知の霊夢にいたずらをしてやろうという心もあるのだ。
 それに、晒し首のような力弱い存在を預けたからこそ、僅かながらではあるが、守ってやろうという気持ちもあった。まさしく子犬や子猫を守る庇護者の気分である。
「どうかっ、よろしくお願いします!」
 晒し首が片手で頭を持ち、捧げるように頭を垂れた。今の彼女にできる精一杯の土下座という形だ。
「安心なさい」
「案ずるな」
 そう答えた幽香とマミゾウの目は、ぎらぎらとした戦意に満ちあふれていた。
 この日から、マミゾウの一家に一匹の木っ端妖怪が加わった。巫女との一悶着を起こした前後には、傘を大輪の花に見立てた緑髪の妖怪がいたという風聞が流れたが、それ以上の話はどこにも漏れてこなかった。誰だって、自分の失態を晒し首のように晒されるのは御免なのだ。
 以後の数日ほどは、風見幽香の不快は一気に痛快へと変わり、大変に機嫌が良かったという。

-東方, 風見幽香

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