東方 魂魄妖夢

寂雨

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 雨が降っている。音もない雨。何だか寂しくなってくる弱い雨だ。霧雨とは違う。もちろん驟雨とも違う。静かに消え入りそうに降る雨。このまま私という存在が消えてしまうのではないかと思い、ちらりと横を見れば、いつも通りに半霊が飛んでいる。私の半身だ。
 傘を差していることさえ、自然の中に溶け込んでいきそうになる。ただ雨が降る。ただただ降る。静かであることが自己の存在を確定させてくれるような、そんな雨。
 山の中に開けた田畑の中で、私はじっと立っていた。
 ここは誰もが近寄りたがらない場所。人間はもとより、天狗さえも忌み場として来ることを嫌う地。
 なぜなら、最近、新しい妖怪どもが住み着いたからだ、彼らは非常に戦闘能力が高く、好戦的で、残酷かつ残忍な性質を持っていた。彼らは人間だけでなく、同じ妖怪さえも食ってしまう。高い戦闘能力を持ち、生活圏が拡大すれば幻想郷の勢力図を一変させかねない。
 よって、私は彼岸から直接の依頼を受け、彼らの殲滅に訪れた。そうだ。殲滅だ。交渉の余地はない。本来ならば死神が担当すべきところだったが、噂によると一人食われてしまったらしい。本当かどうかは不明なものの、とにかく私と幽々子様の元に話が回ってきた。否やはない。
 麦畑の中から、奴らが姿を現す。巨大な頭を持った、巨頭族とでも言うべき異形。人間に近いフォルムに不自然な頭がついていることで、より恐怖が質感を持って襲ってくる。まあ、それは普通の人間についての話だ。タネが割れたマジシャンのようなもので、こうして姿を現してくれれば、私にとっては怖くない。言っては何だが、私はとにかく未知のものと驚かされるのが怖いのだ。出てきてしまえば、それは幻想の存在から現実の存在となる。怖がる必要なんてない。
 この巨頭族は、外の世界でもたびたび話題になっていたらしい。怪談や都市伝説の類でしばしば登場するそうだ。ゆえにこそ、この幻想郷に現れたのだろう。
 巨頭どもが走り始めた。両腕を腰につけ、頭を振りながら迫ってくる。速い。この気持ち悪さが、奴らの武器であると言っても過言ではない。組み伏せられたが最後、奴らの食事として余すところなく食べられる。
 私は傘を捨て、楼観剣を抜いた。
「誰にも顧みられず」
 超高速の、斬撃。
 幻想郷最速を自認する天狗をして、その速さを感嘆せしめた一撃。
 などと自分で考えるのは少々恥ずかしいが、それでもこの速度には自身がある。切れ味とは力と技と速さだ。
 なるほど、斬れないものも世の中にはあるだろう。
 しかし、こいつらを斬るには充分だった。
「誰にも羨ましがられず」
 巨頭が三匹、続けざまに倒れた。
 彼らはこれで怒ったようだ。村落の中からも応援が出てきて、次々に私に向かって突進してくる。
 芸のないことだ。
 すでに突撃は失敗したのだ。
 もちろん、厚みを増すことで成功する確率は上がるだろう。
 だが、あんな遅い突進を繰り返したところで、私には永遠に追いつかない。
「誰にも好かれることなく」
 雨さえも切り裂かんばかりの速度でもって、奴らに致命傷を与えていく。
 幽々子様がこの場にいたら、褒めてくれただろうか。
 いや、あの方の慧眼にかかれば、私の迷いや揺らぎなど看破されてしまうだろう。もちろん何かを斬ることに躊躇を挟んでいるわけではない。しかし、たった一つの過ちから、すべてが上手くいかなくなることもあるのだ。これは剣技のみならず、和歌や華道などでも同じこと。
 気づけば私という殺戮の嵐は村の中に舞台を移し、怒ったように迫りくる巨頭どもを片っ端から切り捨てる暴風となっていた。
 それでも、彼らの死を見届けるものは何もない。
「ただ寂しく死んでいけ」
 斬る。
 斬る。
 斬る。
 屍山血河を築くことこそ、今の私の使命。
 彼らにも言い分はあるだろう。
 しかし、村の中で見つかったいくつもの死骸や骨が、彼らを蹂躙せよという声になって届いてくる。
 わかっている。
 わかっているとも。
 食って食われるは世の常だ。何が良くて何が悪いというわけでもない。今回の処置は彼らがあまりにも「悪食」だったゆえに下されたものだ。もっと穏やかにやるのであれば、幻想郷の新しい住人として受け入れられただろう。
 いや、実際に幻想郷は受容したのだ。彼らのような残虐性の塊のような存在さえも、この山の中に暮らすことを認めた。この世界は決して命を差別しない。
 もっとも、差別しないということこそが大いなる差別なのかもしれないし、そもそも私は幻想郷の在住者ではない。あれこれ言う資格はないのだろう。
 最後の一撃によって、この集落で生きている反応はなくなった。巨大な頭を持った悪食の妖怪どもはことごとく死に伏せ、彼らに食われた哀れな骸たちの仲間入りをしたということになる。
 気分が良いものではない。
「雨だけが……」
 独り言をつぶやこうとして、それがあまりに感傷的に過ぎるのでやめた。
 そうだ。
 今この瞬間の殺戮は雨だけが見ていた。
 雨は血を洗い流し、緑を潤し、やがてこの付近を完全に覆ってしまうだろう。
 私は楼観剣を収めて、踵を返した。斬れないものはあまりないこの剣も、私の不可思議な感情の揺れまでは斬れない。いつか熟達した暁には、それさえも断ち切ることができるようになるのだろうか。
 ああ、雨は、今なお静かに降っている。

-東方, 魂魄妖夢

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