東方 河城にとり

改良計画

投稿日:

 河城にとりが相談を受けたのは、犬走椛との大将棋が一九二手目に達した時のことである。
「近頃、どうにも困っている」
 椛はにとりを見ず、盤面を睨んだままに言った。
「へえ、あんたが困るってことは、またあの天狗様かえ?」
 にとりも同じだ。ふたりは盤面を通して向かい合っている。
「文じゃない」
「となると、仕事の話だね」
「そうなる」
 にとりは自分の持ち駒である歩をこつこつと叩きながら、椛の発言の意味について考えた。といっても、彼女が言ったことがすべてであろう。白狼天狗たる犬走椛の役目は、妖怪の山へ不法に侵入してくる者を取り締まることだ。取り締まるといっても生死を問わずに仕掛けたりせず、あくまで懲らしめる程度に留めるあたりが善良ではある。
 いや、違うか。
 にとりは考え直した。この際、そんな行動をとる馬鹿者を殺してしまわない方が悪辣であるかもしれない。白狼天狗の「善良」によって、次なる犠牲者が増える可能性もあるのだから。
 ともあれ、群れで行動して規律を重んじる白狼天狗にとっては、この警戒任務はうってつけだった。他の天狗や妖怪に見つかった哀れな侵入者は、まず生きて帰れないだろう。しかし、白狼天狗ならば、前述の通りに懲らしめるだけで返してくれる。
 ただ、最近は彼女たちの地位の低下が著しいと聞く。これは河童の間でも流れていた風聞であるから、妖怪の山全体でささやかれている噂としても良いかもしれない。
 噂の内容はこうだ。守矢神社と湖が丸ごと引っ越してきてから、彼女たちはこの山を信仰の場にしようとしてきた。これは山に異物を受け入れないとする白狼天狗の立場と真っ向から対立する。麓から頂上までを結ぶ架空索道の件一つをとっても、激しい論戦のせいで決着までに数十年かかる見通しだ。
 だが、人間や妖怪たちの中で、近来は守矢の信仰が非常に高まっているという。それは命蓮寺や神霊廟などの対抗勢力が出てきたため、より一層の布教活動を行った成果でもあるだろう。
 闇を、妖怪を、不思議を恐れた人間たちは、信仰心によって団結し、真剣に山を征服する方法を考え始めた。今は水際で撃退できているというのは白狼天狗たちの主張であったが、実はすでに卓抜した人間や妖怪たちが次々に侵入を果たし、守矢神社に参拝しているという。
 根拠のない話ではなかった。何しろ博麗の巫女や白黒の魔法使いにしてからが、真正面から白狼天狗の警戒網を食い破っているのである。彼女たちの地位の低下はあの時から始まったといえよう。
 白狼天狗にとって、山の静穏を守ることは種族全体の悲願にもなろうとしていた。それは天狗という組織生物の極致とも言える、白狼天狗ならではの全体主義的思考が招いた悲劇であるとも言えた。
「一番の課題は何だい」
 歩を叩くのをやめ、にとりは椛の顔を見た。
 愛らしくも誇らしい白狼天狗の頭は、今なお盤面を見つめている。まるで頭を上げるのが無礼になると言わんばかりに。
「敵の数」
「数か」
「あるいは侵入経路」
「どっちだ」
「数が多くて、経路が増えた」
「それなら道を潰すべきだね。人間や木っ端妖怪が通れないようにするのが先だ。道さえ潰せば、いかに増えてようが烏合の衆なら何とかなるだろう」
「そうも考えたんだが」
「考えたんだが?」
 椛がにとりを見た。真剣な眼差しだった。
「河童に土木工事は似合わないだろう?」
「あー」
 にとりは視線をそらした。
「ああいうのはねぇ。やれないことはないけど、性分じゃないね」
 山の神に言われて、河童もいろいろと作ろうとした時期があった。最も有名なのは山の麓のダム工事であろうが、ギーク集団である河童にはとてつもない難工事であり、結局のところ計画はお流れとなった。
「頼むとしたら、やはり数。これを減らす方法。道具の開発」
「ふうん」
 頼んでもいいか、と椛が言った。彼女はもうまっすぐににとりを見ていた。
「そりゃ構わんさ。他ならぬ椛の頼みだ。挑戦しがいのある課題でもあるし……」
 にとりが椛を見る。
 椛はうんうんと頷いた。貴方の考えていることは先刻承知だと言わんばかりだ。
「もちろん、報酬は弾もう。河童ほどの技術だ。無料で利用しようとは思わんよ」
「話が早い。頭が固い連中とはここが違う。あいつらはどうやって私たちをタダ働きさせるかしか考えてないもんな。技術や創造性ってものを軽く見すぎてる。汗かいてひいこら働くことだけが清い行動だと思ってやがるんだ」
 もちろん天狗やその他の種族にとっても反論はあろうが、これこそにとりの偽らざる本心だった。そして、河童たちを代表する意見であろうとも思っている。新しい山の神々はその点で違ったが、要求が自分たちの適性と違いすぎるのが玉に瑕だった。椛のような理解者はなかなか現れないものである。
 にとりは大将棋を中断し、さっそく仕事に取り掛かった。当面の目標は「山への侵入者の削減」ならびに「侵入ルートの固定化」ということになる。
 これまで、山の防備はあくまで一定の警戒ラインを設け、突破してきた対象に警告、威嚇、攻撃というプロセスを取ってきた。実に受け身であり、専守防衛的である。かといって、外部への攻撃を主眼とした取り締まりなら良いのかと言えば、あながちそうとも言えない。過度な武力は誤解を招く元となる。例えば、天狗や河童たちが人間社会への攻撃を企てているという噂が立てばどうなるだろうか。たちまち幻想郷を代表する賢者たちが襲来し、この怪しい陰謀を粉砕せんとしてくるだろう。
 かかる状況における解決策はいくつかあるし、にとりはそれらすべてを思いついていた。
 最もコストが低く、かつ有効であると思えるのは噂を流すことだ。昨今の異変の中で、博麗霊夢なども活用した方法だ。妖怪の山に近づくこと自体が危険である、命を落とすこともあるという噂を流す。正しいルートで入山しないといつまで経っても前に進めないという噂を流す。パターンはいくらでも考えられる。
 しかし、にとりはこの方法を却下した。最大の原因は、河童社会にはそうした策謀に適した者がいないことが挙げられた。
 天狗の場合はそうでもない。彼女たちは幻想郷のマスメディアである。風聞を流すのは最も得手としているところだ。
 ただ、今回はそれが仇となる。昨今の天狗新聞の娯楽化は甚だしく、正確な噂を流せるかどうかは疑問であった。もちろん、すべての新聞がそういうわけではないが、それでもよく売れているのは扇情的な記事ばかりを書き立てているものばかりだ。人里での流通量という意味では比較的マシな「文々。新聞」があり、これを利用する手もあったが、対抗記事が出ることで情報戦の意味を失わせたくなかった。せっかく「山にはまっすぐ登るのがいいよ!」と勧めたとして、ライバル新聞が「山には別のルートで登るのがいいよ!」という記事が出てしまっては目も当てられない。天狗は確かに組織の生き物だが、団結に長けていない種族もいるのだ。すべてがすべて白狼天狗のような存在ではない。
「では、どうする?」
 にとりはこういうことを丁寧に椛に説明していて、我が意を得たりというこの問いを受けた。
「簡単な話さ。追い散らしても戻ってくるなら、逆に招いてしまえばいい」
「招く?」
 椛はしっくり来ていないようだった。
「侵入者を招くということか? 理解に苦しむぞ。そんなことをして」
「意味はある」
 今度はにとりが椛の口に蓋をするように人差し指を添えた。
「つまり、正しい作法を教えてやればいいわけだ」
「作法だって?」
「私たちにとっての課題は、あくまでてっぺんの神社を目指してほしくないってことだろ」
「そうなる」
「じゃあ、麓にある守矢の分社を適当に崇めてもらえばいいわけだ」
「あのな」
 そうじゃないから困ってるんだ、と椛は続けた。
「信仰が深くなればなるほど、分社じゃなくて本体の方にお参りしたいという。そっちの方がご利益があると。命をかけてでもやる甲斐があると」
「うんうん」
「山の神にも談判したが、あの方々はまるで他人事だ。来たいのなら来ればいいし、退けたいなら退ければいい。人死が出ても関係ない。そういう姿勢なんだ」
「その断絶が問題の根幹だね」
 にとりは笑った。
「三方一両得になれば、誰も困らず、自然と協力的になるわけだ。さあさあ、忙しくなるよ!」
 かくて、にとりと椛の共同提言による「改革」は始まった。
 その最大の骨子は山の麓の観光化である。麓も麓で、よく厄神がくるくると回っている場所よりもさらに手前となる。季節によっては秋神の力で燃えるような紅葉も見られる、すばらしい景勝地にもなるだろう。
「皆様、ご覧ください」
 禁域ツアーのガイドである鴉天狗が、引き連れてきた人間の観光客の方を振り返った。
「こちらが天狗や妖怪の数多住まう山でございます。噂によれば、不老不死となった仙人もその庵を結んでいるとか。ここから先は、申し訳ありませんが、皆様をご案内することができません。ここまでの経路も特別に認められている範囲となりますので、もし、私から離れることがありますと、たちまち攻撃されることになります」
 その時、遠くで銃声が鳴り、悲鳴が響いた。
「この通り、迎撃のための仕組みが整えられております。皆様におかれましては長生きするためにも、決して立ち入ろうなどとお考えにならないでくださいませ。……しかし、ご安心ください。これより守矢神社の分社にご案内します。また、そこでは山の天狗が発行している新聞を購読することも可能です。もしご希望であれば、人里にお届けする定期購読の契約も可能ですので、よろしければご検討の程を……」
「なるほど」
 観光ツアーの一団を遠くから眺めながら、椛は感心した様子だった。傍らのにとりに苦笑いを向ける。
「信仰の受け皿を作り、神社が得をする。新聞の読み手を作り、ブン屋が得をする。私たちの本来の仕事に戻れて、白狼天狗が得をする」
「ついでに、河童もこうやって新兵器がテストできて得をする」
 観光ルート以外の侵入路には、にとりたちが作った自動迎撃システム「かえるくん」が設置されていた。自動迎撃システムといかめしく言えば強そうだが、実際には簡単な弾幕を近づいた者に撃ちかけるだけの子ども騙しである。殺傷力も低く、ただの人間も死にはしない。さらにはセーフティも取り付けられており、相手が子どもだと判断した場合は発砲せず警告を優先するようにしてある。
 さらには、守矢の分社には天狗の新聞以外にも河童製品を置くことで、そちらの売上にも繋がる。マネタイズの機会は逃さない。商売の鉄則であった。
「誰かを動かすのは常に利益だよ。信仰に飢えた神、読者に飢えた天狗」
「金に飢えた河童、か?」
「おっと、それは心外。私たちは常に驚きに飢えているのさ」
 その対価としてお金をもらうだけだ。
 にとりは笑いながらそう言った。
「さて、それでは将棋の続きをするか?」
 椛の提案に、にとりはポンと手を打った。
「いいね。でも、せっかくだから仕切り直さない? 良い気分だし、気分一新で」
「あの段階では私が押していたぞ」
「んぐ」
 にとりの声が詰まった。
「私も少しは得したいんでね」
 椛は笑った。
 どうやら、これで誰もが得をしたことになりそうである。

-東方, 河城にとり

執筆者:

関連記事

惑星にて

 幻想郷にはバーがある。人里にある居酒屋などとは違う、西洋から流れてきたような異国風の酒場だ。  だが、これは人間の里の中にはない。人間たちには及びもつかぬ場所で、ひっそりと営業している。  今、私は …

 風見幽香はとろふわおっぱいか、それともシャッキリ乳首ピンピン丸か?  いや、通常はとろふわおっぱいでありながら、有事にはシャッキリ乳首ピンピン丸であるやもしれぬ。この二つは決して矛盾しない。そうした …

贈り物

 魂魄妖夢のおっぱい揉みたい!  それを最初に提唱したのは誰だっただろうか。おそらくは人里の善良な一住民だったと思われる。何かにつけて幻想郷にやってくる彼女に、密かな人気が急上昇。ついに彼女との「出会 …

植物園

 私はこの任務が嫌いだ。哨戒任務の方が性に合っているというのは間違いなくあるが、それを差し引いてもここの警備の任は不気味すぎた。端的に言ってしまえば、「怖い」と感じていた。  それは山の中にある。正式 …

うつくしいひと

 メディスン・メランコリーは奇妙なものを見た。彼女が生活の場としている丘に、人間の女がやってきたのだ。メディスンも生まれて程ないとはいえ、一端の妖怪である。単に妖怪の目で見ればひよっこというだけで、人 …

PREV
剣豪伝説
NEXT
寂雨

2017/07/26

うつくしいひと

2017/07/25

覇者の時代

2017/07/24

消えゆくもの

2017/07/23

暴君

2017/07/17

発火点

 2017年博麗神社例大祭では2種類の新刊が出ます。
 どうぞよろしくお願い致します。