東方 魂魄妖夢

剣豪伝説

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 幻想郷とそこに繋がる世界とを合わせた時、剣の使い手として最も強いのは誰か。
 そのような問いが、市中を賑わせた。始まりはどうしてそんな話題に至ったのかということだが、これがよくわかっていない。もっとも、人の噂や話題なるものは、得てしてそういうものなのかもしれない。
 妖怪たちの間で話題になったことには、何をおいても白玉楼の魂魄妖夢が最高の使い手であろうという話だった。
 だが、彼女は最高であって最強ではないという風聞が、同じように流れていた。剣術を扱う程度の能力を持つ魂魄妖夢さえ凌ぐ存在がいるのか。確たる話ではなかったが、おそらくいるだろうという雰囲気が醸成されていたのは、そこにわずかなれど真実が混ざっていたかもしれない。
 そのような話はとうとう冥界にまで及び、白玉楼に住む幽霊から、魂魄妖夢その人へと伝わった。
 彼女は喜び、それから怒り、努めて平静を保っているように見せかけた。何とも忙しいことであるが、この変転こそ未熟な庭師の本領であるとも言える。
「私以上の使い手がいる……?」
 いや、と妖夢は膝を打つ。
「技量では私が上でも、強さでは私を上回る御仁がいる。会いたい」
 主たる西行寺幽々子に許可を得て、彼女は幻想郷へと発った。
 最高の剣士は最強の剣豪たりえないのか。
 その疑問を解くためには、実際に刃を合わせてみるしかないというのが、妖夢の中にある存念だった。
 しかし、最強とは誰なのか。まずそこを突き止め、勝負を挑まねばならない。風聞は脆いが、あちこちから生まれるものである。あちらに流され、こちらに流され、妖夢はその元をたどるのに難儀した。
 結果として得られた情報は、以下の通りである。
 一、最強は人間か妖怪であるように思われる。
 二、天人たる比那名居天子や聖人たる豊聡耳神子ではないらしい。
 三、彼または彼女は、日頃は正体を隠しているようだ。
 詳細なようで、曖昧な要素である。さらにはこれらも真実とは限らない。情報の精度が間違っている可能性もあるのだ。
 だが、妖夢は今のところこの情報を信じて動くしかない。
 一方で気になることは、たとえ噂であるにしても、どうしてこのような情報が世間に流れ始めたかという点だ。「まるで私に知らせたがっているようじゃないか」と妖夢は考えたが、同時に「自意識過剰かもしれないな」と感じてもいる。
 天子や神子が最強でないという部分については、妖夢もそれなりに理解できた。彼女たちの本質は剣技には無い。剣術の熟達を競う相手として、あまりふさわしくないように感じられた。
 ただ、そうなってくると第一の情報と第三の情報が重くのしかかる。人間または妖怪で、普段は正体を隠しているとなると、それこそ幻想郷のほとんどの輩が対象になると言ってもいいだろう。それを一から調べていくとなると、途方もない時間が掛かる。
 主たる西行寺幽々子に時間をもらったとはいえ、あまり離れているのも良くないと考える妖夢である。彼女は白玉楼の庭師であり、幽々子の剣の指南役なのだ。
 焦りは募る。不安は高まる。情報は集まらない。
 人里のそば屋「白菊」に入店したのは、そんな最中のことであった。
「ご注文は何になさいますか?」
「もり……あ、いや、ざる……」
 心ここにあらずで、もりそばにするか、ざるそばにするか、それすらも伝達の危うい妖夢である。幽々子がいたならば、妖艶な流し目とともにくすくす笑われただろう。
 ざるそばが来た。
 来てからも、一分ほどは手を付けない。頭の中では謎の剣豪についての思案が巡っていた。そばが来たことにすら気づいていなかった。ようやく目の前の物体への思案が働き、もたもたと食べ始めた。
 白菊は歴史こそ浅い店だが、味の評判は上々である。かの高名なる稗田家当主、稗田阿求も食べに来たと言われているが、これは眉唾だ。代わりに、「風来坊のマミさん」と呼ばれるちょっとした有名人が行きつけにしているそうだが、妖夢はこの正体が佐渡から来た大狸、二ッ岩マミゾウであることを知っている。
「妖夢……」
 少女の声がした。
 はっとして辺りを見る妖夢。
「魂魄妖夢」
 いる。店の外に。
 壁一枚隔てたところに、妖夢は気配を感じた。
「私が貴方の探している者だ。貴方が来るのを待っていた」
「慎重なことですね。一緒にそばでもいかが?」
「貴方が食べ終わるのを待つとしよう。ゆっくり来ればいい……」
 妖夢はゆっくりなどしていられなかった。まだ残っていたそばを平らげ、勘定を済ませ、余裕を見せつつ早足になる。
 店舗の外へと回り込むと、そこには誰もいない。
 悪戯か。
 逃げてしまったのか。
 いや、違う。手紙が植え込みに結わえ付けてあった。中を読めば、まるで果たし状のような雰囲気。時刻、場所を指定し、一人で来るように書いてある。
 古風な、と妖夢は思った。
 だが、それが心地よくも感じられた。
 かくて、数刻の後。
 妖夢は待ち合わせの場所へと向かった。
 そこは特に名を持たないススキ野原で、晩秋の風が寂しく吹き渡っているような場所だった。近くには人家もなく、雄大な自然だけが場を支配している。外の世界からは姿を消しつつある風景だ。
 約定の時は来た。
「驚けー!」
 気配は突然現れた。
 妖夢がすかさず振り向くと、そこには多々良小傘が立っていた。
「何だ、唐傘か……。びっくりさせないでよ」
「あはは、驚いた驚いた」
 決闘前の緊張している時に、とんだ闖入者である。
 小傘はぴょこぴょこと飛び跳ね、自分が成し遂げた偉業に喜びを爆発させているようだ。
 いや、違う。
 たまたま現れた小傘が、妖夢の背後を取れるか。
 この唐傘お化けは間が抜けている。気配を感じないはずがない。尋常ならば。
 妖夢は思い出していた。最強の剣豪は、正体を隠しているという。
 そうだ、と妖夢は思った。今の多々良小傘には強烈な違和感があった。初めに目にした時から、喉元をくすぐるような「間違い」を感じていた。
 妖夢は決して記憶力が良い方ではない。むしろ、興味を失った対象は積極的に忘れると言ってもいい。稗田阿求が聞いたら、とてもうらやましがりそうだ。その妖夢の記憶が告げている。この小傘はおかしい。
「小傘……」
「あい?」
 小傘が動きを止め、妖夢の目を見た。
 作られたような愛嬌に、決定的な隔絶があった。
「貴方はいつから左右の目の色が逆になった?」
 秋の冷たい風が、二人の間を吹き抜けていった。
 異様にも見えた小傘の薄ら笑いが、風格のある端正な笑みへと変わっていく。
「ご明察」
 その声は小傘の声調でありながら、明らかに小傘そのものではなかった。
「外の世界のある国は、平時と戦時で国旗の色が逆になるという」
「貴方は何者?」
「古今無双の剣豪」
 小傘を象徴する紫色の傘が開き、くるりと一回転。戻ってきた彼女の手には、刀が握られている。さらには傘を閉じたかと思うと、それがもう一本の刀となって、小傘が背負う形となる。妖夢と同じようなスタイルになったと言っていいだろう。
「気づくべきだったのかしら」
 今、妖夢は一つの推論を猛スピードで組み立てていた。
「多々良小傘は鍛冶の技能に優れている。まるで一本の剣を追い求める求道者のように」
「そうだね」
 小傘は頷いた。
「他には?」
「左右の目の色が違うのは、元々の身体機能を象徴している。例えば、隻眼」
 妖夢はすがるように叫んだ。
「貴方は多々良小傘のうちに潜む怪物。柳生十兵衛三厳ではないか!」
 くっくっ、と噛み殺した笑みの小傘。
「ありがとう。気づいてくれてありがとう。私のことを覚えていてくれてありがとう」
 そうとも。私は柳生十兵衛三厳である。
 荘重な言葉が、私の胸に突き刺さる。
「外の世界で絶滅し、幻想郷でも知る者は少ない。剣術は亜流。弾幕こそ本流。しかし、剣技が真にその姿を見せる時、現代戦など恐れるに足らなくなる」
「そうか。貴方は消えたくなかったのですね」
「無論だとも」
 小傘が腰を落とした。
「さあ、すばらしき剣士よ。刀を抜け。ただここで出会った一個と一個の生命として、雌雄を決そうではないか」
 必殺の間合いには遠い。
 しかし、互いの領域に入った瞬間、猛烈な斬撃が繰り出されるであろう。
 妖夢もまた刀の柄に手を触れさせ、即応できる体勢に入った。達人と達人がぶつかりあった時、そこにはいったい何が起きるのか。立会人もなく、見物客もいない、誰も知らぬ決闘は始まっている。
 いや、妖夢は手を戻し、背を向けた。
「どうした」
 小傘が問いかける。
「こういうの、疲れるわ」
 妖夢が答えた。
 場の空気が一気に弛緩する。
「つ、疲れる?」
「そうよ。ああ、でも、勘違いしないでちょうだい。半分剣士であるところの私は戦いたいと思ってる。そのためにわざわざ冥界から来たんだもの。なんだけどねぇ。もう半分の私が馬鹿らしいって思っちゃった」
 妖夢は大きくため息をついた。
「結局のところ、私はこの世に未練たらたらの亡霊が消えないように動かされたわけでさ。やってられないじゃない。そんなの相手に自分の剣を試そうなんて、自己を卑下しているも同然だったわけですよ。おわかり?」
 もう一つ、息を吸う。
 息を吐く。
 さらに息を大きく吸って、小傘を睨みつける。
「多々良小傘、起きろ! しみったれた人間なんかに体を乗っ取られて悔しくないのか!」
 秋の静けさを打ち破る声が、猛烈な気迫となってススキ野原を駆け抜けていく。
 すると、小傘の体に変化が起きた。刀が傘に戻る。両目の色が元に戻る。断末魔のような声がかすれていき、そこには何が起きたのかわかってない風の唐傘お化けだけが残された。
「寺にでも行って、除霊してもらうことね。貴方、性質の悪い幽霊に取り憑かれているわ」
「ええー!」
 つくづく、驚かされるより驚く方が様になっている。
 それがどことなく愛らしかったので、妖夢は緩やかな笑みを浮かべた。
 ああ、それにしても、と彼女は思うのである。現実に出会う剣豪などこんなもの。伝説は伝説のままでいた方がよほど幻滅せずに済む。大喝した程度で退散するような木っ端となると、本当に柳生十兵衛だったかどうかすら疑わしい。名前を利用するだけ利用するなんて話は、古今東西に枚挙に暇がないのである。
 妖夢はその場から去っていく。
 だが、一部始終を見つめる視線があったことに、彼女は気づいていなかった。そもそも、最強の剣豪は「日頃から正体を隠している」のだ。うかうかと己の正体を露見させて、正面から戦いを挑むような真似はしない。
 今のところは、視線の持ち主は妖夢との対決を避けた。
 これが単なる野次馬か、それとも本当にいるかもしれない最強の剣豪なのか、判然としない。
 されど、今日という日は幻想郷の平和な出来事の一幕を描いただけで、無事に終了と相成ったようである。
 剣豪の伝説は、その後もなお伝説であった。

-東方, 魂魄妖夢

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