東方 魂魄妖夢

我執

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 私が植え込みのそばを通りかかった時、その少女はもう死に絶えそうだった。まだ十代かそこらに見えるけど、この世のすべてを恨むような眼光と、服の破けた箇所からわかる鍛えられた肉体が特徴的だった。きっと外から来た人間だろうが、私ほどではないにしても、鍛錬に相当な時間を費やしているように見えた。
「ここは地獄か……」
 低い声だった。彼女の発声器官は一度潰されているのかもしれなかった。それほどに濁った声をしていて、私は聞き取るのに苦労した。
「残念だけど、地獄じゃない。ここからまた乗り継いでいってもらうわ」
 それにしても、幻想郷ではなく冥界に迷い込むとはどうしたことだろう?
 長年、白玉楼の庭師として働かせてもらっているが、こんなことは初めてだった。彼女を運ぶ死神が落としでもしたのだろうか。幽々子様が連れてきたのなら、こんな植え込みの陰に放置してはいくまい。
「お前は誰だ」
 少女が私に外の世界の銃を向けてきた。普通に弾幕ごっこができる冥界や幻想郷の民なら、こんなデバイスを使わない。やはり外から流れてきたのだろう。
 しかし、瀕死の重傷を負いながら、よくも私に対する敵意を失わないものだ。
「貴方こそ誰?」
 私はその銃床を蹴り上げ、これを掴み取って逆に銃口を向けた。楼観剣で脅しても良かったが、わざわざ剣を抜くような相手でもないように思えた。放っておけば死ぬ命だ。
 少女は何かを答えようとして、口から血を吐き出した。肺にも損傷があるようだ。間違いない。直に死ぬ。
「答えなくていい。どうせ貴方は死ぬ身よ」
「私を殺すか?」
「勝手に死ぬなら放っておいてあげるだけ」
「助けようって気はないんだな」
 そうか。
 そういう考え方もあるか。
 私はちょっとハッとさせられた。白玉楼の庭師としての立場から見れば、少女は紛れもなく外部からやってきた異物であり、速やかに廃棄物として処理すべき対象だった。これが幻想郷の人間だったら対応も考えるが、外部からの漂流者ともなれば、いよいよ丁重に扱う理由がない。
 だが、彼女にしてみれば、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。死にかけでどこかわからない場所にやってきて、生きている間にやってきた人影があるのだ。助けを求めたくなるのが道理だろう。まして外の世界はそうした互助意識が細々と生き残っていると聞く。
 自分で言うのも何だが、私は、冥界は、そして幻想郷は、生きる時は生きるし死ぬ時は死ぬという思想が徹底されている。幻想郷人なら誰だって生を渇望し、死を羨望するが、どちらを選ぶかとなれば、やはり生きる方に傾くものだ。何しろ自分が命を落とすオプションはいくらでも用意されている。悪しき人に殺されたり、腹を空かせた妖怪に食われたり……。
 それでも、少女は生きようとしている。彼女にも何か成したいことがあるのだろう。伝えたい言葉があるのだろう。
「生きたい?」
 私は尋ねてみた。どういう答えを求めているかは、自分でもよくわかっていなかった。
「生き延びたい」
 少女は答えた。濁った声はさらに聞き取りにくくなっていた。
「戦場しか知らない。女としての幸せなんて考えたことない」
 泣いている。まるで熱に浮かされたかのように喋りながら。
「私の一生は何のためにあったんだ」
「さあね」
 私は言ってやった。その感情の機微を理解し尽くせなかった。幻想郷の博麗霊夢や霧雨魔理沙に比べて、とても弱い、すぐにでも折れそうな人間だと感じた。それは自然と、軽侮の気持ちを引き起こした。
「貴方が歩んできた道は貴方にしかわからない。助けてって言うなら助けてあげるし、放っておいてというなら放っておく。生きたいなら勝手に生きればいい。どうなの? 貴方はどう思うの? ここまでの現在を掴み取ってきた頭で、どう考えるの?」
 少女は答えようとしたのだろうが、今度は黒みの強い血を吐いて果たせなかった。内臓をやられているな、と私は推察した。放っておけば死ぬ。助けたとしても生きられるとは限らない。卓抜した医術の持ち主ならわからないが、白玉楼でできることは限られている。そういう点においては、彼女は幸福の中の不幸を掴んでしまったと言えるだろう。
 だが、死が何だというのだ。ただ途切れるだけではないか。
 私の乾いた思考はその結論にたどり着く。幽霊になるかもしれない。亡霊になるかもしれない。あるいは何にもなれずに消え失せるかもしれない。
 でも、それでいいではないか。
 外の世界の人間は、そういう境地に至れないものらしい。私にとって、この事実は一種の発見だった。まるでペットのカメレオンが(そんなものを飼っているのは地底の陰気な覚妖怪くらいだろうが)自由に色を変えられるわけでもない現実を見たような、小さいけれど大切な発見。
「私は選ばせてもらえなかった」
 少女は言った。
「生まれて、育って、辿り着いた先が……」
「それで」
 ああ、そうか――。
 私は苛立っているのだ。
 白楼剣を少女の首近くに突き刺した。あとは私の意志によって、彼女の全運命を遮断することも可能になる。
「生きたいのか、死にたいのか」
 そうだ。
 わからないのだ。
 私にはそれがわからないから怖い。
「生き延びたいと生きたいは違うぞ、小娘」
 こんなことを小娘の外見をした私から言われるのは心外だろうな。でも、外から来た奴なら少女らしい年頃だろう。
 少しくらい、大人ぶらせてもらってもいいはずだ。
「生きたい……」
 少女がそうつぶやくのを聞き届けて、私は自らの務めを定めた。白楼剣の出番は終わりだ。鞘に収めて、立ち上がる。白玉楼にいる医術に練達した幽霊を呼び、即座に治療へ。
 助かるかどうか?
 それはわからない。
 だが、たとえ助からなかったとしても、彼女をこの白玉楼に迎え入れる準備はできていた。ああ、そうだ。いろいろな意味でだ。たとえ彼女が望む形で生きられなかったとしても、今際の際の願望くらいは叶えてやる。
 私の心は狭いだろうか?
 白玉楼の庭師たる魂魄妖夢という枠に囚われすぎだろうか?
 わからない。
 どうしてこんなことを考えているかも、わからない。
 あの少女も自分という枠から飛び出ようと必死だったから、なのかもしれない。
 何でもいいか。あの子に執着するのはもうやめにしよう。私の手から蝶は飛び立ってしまった。いつもの務めに戻るべき時だ。
 戻れるだろうか?
 私は頼れる半霊に呼びかける。
 戻るしかないさ。
 私は頼れる半人に言葉を返す。
 希望も切望も絶望もなく、再び毎日へ埋没していく。それが良いか悪いかも考えぬまま、ただひたすらに自らの役割を全うする。そうした在り方に疑問を持つことすらも、私という個人性に執着しすぎているのかもしれない。
 さあ、働こう。まずは辺りに残った血をどうにかしなければならない。どういう経緯でここに現れたものやら。まったく、最近はどの結界もいろいろなものを通してしまうから困る。幽々子様の剣の指南までにはまだ時間があるか。
 さて、困ったぞ。
 どうする?
 どうする?
 どうするどうするどうする?
 生きるのか死ぬのかどう生きたいのかどう死にたいのか?
 いったい、どうする?

-東方, 魂魄妖夢

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