東方 魂魄妖夢

闇市

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 幻想郷には色々な市が立つ。人里の市場は言うに及ばず、河童が主催するバザーなんてものまである。
 しかし、いわゆる暗部に存在する「闇市」までは、その知見が及ばぬ者も多いだろう。ここでは人間も妖怪も等しく怪しい商品を持ち寄り、時にはとてつもない高額で売買されている。
 闇市の流儀は「不干渉」である。そういう意味では外の世界の「色街」に近いものがあるかもしれない。喧嘩が起きても無かったことになるし、誰かが強いて仲裁や助太刀を行うこともない。店主だけでなく買い物客たちの間でいざこざが起きることなど日常茶飯事。それで死体が転がることになろうとも、「死体拾い」が粛々と片付けるだけだ。ちなみに、最近はこの死体拾いに地底出身の火車崩れが参加するようになり、こちらでも新たなトラブルが起きているという。幻想郷と地底の交流再開は、こうした新たな軋轢も生んでいる。
 そんな物騒な闇市は、欲望と野望を滋養にして成長し続けていた。もちろん、表の世界には決して干渉しない。そうした状況になれば、博麗の巫女は言うに及ばず、妖怪の賢者たちの介入を受けることになるからだ。いかに互助組織の発達した闇市とはいえ、名だたる者たちから攻撃を受ければひとたまりもない。経済活動にのみ重点を置いて運営している限り、彼女たちのような調停者が介入してくることもないのだ。
 もっとも、博麗霊夢などは存在を知らないという原因の方が大きかっただろうか。この闇市の存在を知っているのは、あくまで闇社会に通暁した者たちである。幻想郷の光の代表である霊夢が知らないのは仕方のないことだった。
 今日、闇市に踏み込んだ者がいる。
 魂魄妖夢。
 白玉楼の庭師であり、剣の指南役だ。彼女は幽々子から闇市の存在を聞かされてはいたが、実際に足を踏み込んだことはなかった。
 ここに来たのには理由がある。単なる観光でもなければ、興味本位での訪問ではない。
「この幽霊を知らない?」
 闇市の入り口近くに立っていた筋骨隆々の小鬼に、妖夢は人相書きを突きつけた。小鬼といっても、その背丈は二メートルを超えているだろう。あくまで鬼という種族の中では小さいというだけである。
「知らねぇな」
「そう」
「おい……嬢ちゃんって歳でもなさそうだが」
 小鬼はポリポリと後頭部を掻いた。
「ここで何かを嗅ぎ回るのはやめときな。ああ、あんたが強いのはわかる。鬼は力量に敏感なんだ。きっと多少の荒事は乗り越えられるだろう。だが、そのとんがり方は間違いなく騒ぎになるぜ」
 妖夢はまるで表情を変えず、小鬼を見返した。見上げたその目には何の魂も込められていないようだった。それだけ興味がないということだろうか。同じく顔のない半霊も小鬼を向いて、沈黙の抗議を行っているようでもあった。
「私が負けると?」
「さぁな。勝負は時の運さ」
「いいや、違う。勝負は日々の鍛錬が決定する」
 肩をすくめる小鬼から目線を切り、妖夢は闇市の中に入っていった。半霊がまるで番犬のように辺りへ睨みを効かせる。
 人間か?
 幽霊か?
 そんなささやきが周囲で漏れるが、妖夢は気にする素振りさえ見せない。半人半霊の種族であると説明したところで、全く有益でないことを知っているのだ。
 闇市を構成する建物は粗末なものが多い。幻想郷の中でも「零愛の森」と呼ばれるこの一帯は、元々住むのに適さない場所として人間にも妖怪にも放置されていた場所だった。まさしく「誰からも愛されない」土地だったわけだが、それゆえに日陰者たちが集まるには格好の場所だったと言える。建築の専門家もいない。材料も限られている。自然と、にわか作りの建物が多くなる。そもそも、定住型の者が少ない。妖精よりも粗末な暮らしをしていることの方が多いだろう。
 まさしく幻想郷の暗部だ。
「この幽霊を知らない?」
 妖夢は客も店主も構わずに質問をぶつけて言った。その中の大男がうるさそうに手で払おうものなら、彼の首を片手で捻り上げ、強引に人相書きに突きつける。
「知らない?」
 単純な力で言っても、妖夢には何百馬力ものパワーが秘められている。華奢な体だと外面で判断する者は、こうして痛い目に遭うのだ。この世界で可憐な見た目ほど信用ならないものはない。
「そいつなら、さっき殿下の店に行くって話してるのを見た……」
「話していたのか見たのか行くのか。動詞が多すぎる」
「俺の店の前で話してたんだ!」
「殿下の店?」
「元は外の世界でやんごとなき立場だったらしい。だから、殿下って呼んでる」
「どこにいるの」
 妖夢は大男を離してやると、すぐに情報通りの場所へと向かった。途中で投げかけられる奇異の視線など気にもしない。
 幻想郷では彼女がよく誤解されている。半人前。未熟。半端者。そうした風評を作ったのは主たる西行寺幽々子であり、にわかに彼女に接した者たちではない。確かに、妖夢はお化けが苦手であるが、幽霊や妖怪は苦手ではない。嫌いなのは不可思議なるもの、不明なるものであって、怪異そのものではないのだ。彼女は自分が理解できないものを極端に嫌う。その表出がお化けという不確定存在との遭遇に対する忌避である。
 生まれてから数十年、剣の道を邁進してきた。二本の剣で切り開いてきた道は長く、険しい。そんな彼女が弱い道理はない。
 闇市の中を勝手知ったる顔で歩いていた妖夢は、とうとう目当ての場所を見つけた。殿下と呼ばれる人間は、なるほど目立つ優男だった。
 だが、用があるのは殿下ではない。後ろ姿を見ただけで、それらしい相手を発見する。その幽霊は一時的に白玉楼にいた。生きていたころから「手癖が悪い」ことで知られ、ついには白玉楼でもその罪を犯した。
 彼は知らなかった。
 西行寺幽々子は近所の優しいお姉さんではない。
 自分が興味を持った者は命を奪ってでも連れてくる。練達の悪人である。しかも、その興味が持続している間はいい。されど実際のところは飽き性でもある。さらには飽きられるだけならマシだ。もしも勘気を被ろうものなら――。
「もしもし?」
 妖夢は彼に声をかけた。振り向いた顔は間違いなかった。
 だから、幽々子から仰せつかった使命を忠実に実行に移す。
 ただ一言、「消せ」。
 目標の幽霊を、白楼剣で一閃。
 それだけで彼は現世に留まれなくなり、強制的に閻魔の元へと送られる。
「げぇっ……」
 周囲の驚く声が届くころには、もはや首を掻き切られた幽霊は消滅していた。
 残心を終え、白楼剣を収める妖夢。
 歴戦の勇士たちもいるこの闇市で、彼女は一睨みをきかせただけで沈黙を作り出してしまった。それから足を出口へと向ける。
「魂魄妖夢」
 闇市を後にしようとしたところで、先程の小鬼に話しかけられた。
「白玉楼の庭師か」
「そうだけど?」
 意見があるのならば、刃でもって応える。
 妖夢の無言の圧力が場を支配していたが、「事を構える気はねェよ」と小鬼が慌てて否定した。
「思い出しただけだ。冥界に凄腕の剣士がいるってな。……なるほど、これなら鬼とだって遊べるかもしれねェや。いや、もう行ってくれ。あんたに見られていると、頭から上が天に昇っていく心地なんだ」
「そんなに怯えることもないのに」
 妖夢はここでようやく少女の笑みを見せ、それから闇市に背を向けた。彼女が戻っていくのは冥界。闇市よりなお闇の深き、真の闇の中である。

-東方, 魂魄妖夢

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