東方 魂魄妖夢

信念明けまして

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「新年明けまして!」
「おめでとうございます!」
 年明けの白玉楼に、威勢の良い声が響く。あまり知られていないが、白玉楼は結構な武闘派の組織である。幽々子様が各地からスカウトしてきた(つまり勝手に連れてきた)幽霊たちでひしめき合っていて、彼女たちはみんな幽々子様に心酔している。
 幽々子様がふらふらとお出かけになった時には、いったいどれほどオロオロとして探し回ることか知れない。
 かく言う私もその一員だ。私たちを信頼されていないのかは知らないが、とにかく幽々子様は知らないうちにお出かけになることがある。ある時は命蓮寺の墓場に出かけたり、またある時は博麗神社に化けて出たり、とにかく行動範囲が広い。そのたびに、私たちはあっちこっちにドタバタ騒ぎだ。
「はい、明けましておめでとう」
 幽々子様はちゃんとそこにいて、新年の挨拶を受け止めてくれた。のっけからいなくなっているなんてことがなく良かった。
「今年もよろしくお願いします」
「そうね。早速だけど」
 何か来る。
 私は新年早々から波乱に巻き込まれる予感を覚え、戦慄した。
「そんなに身構えなくてもいいじゃない」
「いや、何か無茶振りをされるのではと」
「まさかぁ。お正月からそんなことしないわよ」
「ですよねー」
 あはははは、と笑い合う。
「妖夢、ちょっと吸血鬼の首を取ってきて」
「思いっきり無茶ぶりだったー!」
 私は全身から力が抜けて、ドターンと腰から床に落ちた。他の幽霊たちも――もちろん私もなのだが――筋肉とかそういう生理的な反応要素を失っているにもかかわらず、思い思いにずっこけた。
 ええ、だって、いきなり吸血鬼の首を取ってこいって、無茶振りにも程があるではないか。もちろん、これが指すものはレミリア・スカーレットかフランドール・スカーレットのことだろう。タフな相手だ。新年からやりあうには最悪の部類だろう。まあ、あちらもハッピーニューイヤーでお祭り騒ぎかもしれない。まさか湖畔の吸血鬼が旧正月重視でもあるまい。
 でも、やっぱりお正月くらいはゆっくりしたかったなぁ。今からでも幽々子様の翻意を促した方が良いだろうか?
「幽々子様」
「はい、妖夢」
 教師のように、幽々子様は私を指差した。
「どうして吸血鬼の首をご所望なんですか?」
「理由を知りたいのね」
「なんとなくで口にすることじゃありませんよ、首を奪えなんて」
「わかった」
 幽々子様が立ち上がり、将棋盤を持ってきた。
 いったい何を始める気なんだろう?
 他ならぬ主のやることだ。私は黙って見守ることにした。幽々子様は将棋盤を机の上に置き、こたつに入ってふうと息をついた。それからおもむろにみかんを手に取って、皮を剥いて食べ始めた。
「あの、幽々子様?」
「え? ああ、そうそう。理由だったわね。くつろいじゃった」
 どんなボケだ。さすがにツッコみきれないし、そもそも幽々子様はツッコまれるのがお嫌いだ。私をいじるのは好きなくせに、自分勝手な方である。もちろん、それが魅力の一翼を担っていることも否定できない。
「この前、紅魔館に遊びに行ってきたのよ」
「またカジュアルに出ておられる!」
「遊びたかったんだもん」
 私は頭に手をやって面を伏せた。この人は全くもう、という心が伝わってくれればいいのだが、幽々子様はまるで気にしないだろう。そんなことはわかっている。問題は、こうでもしないと私の良識的な部分が壊れてしまいそうなのだ。
「それでね、レミリアと将棋をしたんだけど」
「はい」
「ものすごく弱かったの」
 なんてシンプルな感想だ。だが、主の心について考えるなら、あまりにも弱すぎたゆえに怒っているのかもしれない。尋ねてみることにした。
「弱いゆえに我慢できなかったんですね」
「え? 違うよ?」
 違うんかい!
 私の心のハリセンが小気味よい音を立てた。
「チェスの方が得意なんですって。どうせ嘘だろうけど」
 新年から散々な言われようのレミリア・スカーレットだ。もっとも、実際これくらいの扱いでちょうどいいとも思う。
「じゃあ、なんで将棋盤を出してきたんですか……」
「一応、どういう経緯で結論に至ったかを話そうと思って」
 嘘だ。
 幽々子様は私をからかっているのだ。
 ちゃんと話す時は結論を明確にするこの方である。わざと冗長にして、新年からげっそりしている私のリアクションを楽しむ以外に、こんなまだるっこしい真似をする理由がない。
 それなら、毅然と対応させていただこう。何でもはいはいと受け流して、本題に入るように促していこう。
「それで、将棋はやめてトランプを始めて」
「はい」
「インディアンポーカーでお互いに大笑い」
「はい」
「次にバグラチオン作戦でナチス・ドイツに反撃を開始したの」
「はい」
「ところが、途中からマムルークまで参戦してきて」
「はい」
「聞いてないわね?」
「いえ、荒唐無稽なことを言って混乱させようという意図を察しました」
 馬鹿にしてもらっては困る。これでも幽々子様の従者を続けてきたのだ。この方がどういう引っ掛けを用意してくるかは大体のところで推測できる。
「わかった。本題に入りましょう」
「お願いします」
「座って」
 ようやく観念してくれた幽々子様の前に、私は正座した。他の幽霊たちも私の後ろに続き、主の話が始まるのを待つ。
「賭けをしたの」
 幽々子様は言った。
「うちの妖夢と、彼女の咲夜。いったいどちらが優秀で有能なのか」
 賭けの対象にされる方は堪ったものじゃないです、と口を挟んでも良かった。
 だが、今は幽々子様の語りを邪魔したくなかった。言葉をぐっと飲み込んで、耳を傾ける。
「レミリアは言った。咲夜の方が優秀だと。私は答えた。咲夜の方が優秀だと」
「あれ?」
 さすがに聞き捨てならなかった。
「貴方ではまだまだあのメイドには及ばないでしょうね」
「いや、あの、これでも結構頑張ってるつもりなんですが」
「あの子も首を傾げていた。だから、こういう話を切り出してみたのよ。『貴方の家のメイドなら、うちの庭師の攻撃からも見事に主君を守りきってみせるはず』ってね」
 ううむ、全く信頼されていないんだな、私は。
 こうも言われると、闘争心がメラメラ燃え上がってくるのは否定できない。魂魄妖夢という個体はいつもいつも半人前のように扱われるのだが、決してそれに満足しているわけではないのだ。
「わかりました。それでは、私が見事に首級を挙げてきます」
 こうまで言われては庭師の名折れだ。ぜひとも幽々子様をぎゃふんと言わせたいという気持ちになった。
「出来るの?」
「出来ます」
 さあ、もう引っ込みがつかなくなったぞ。
 それでも、私には勝算があった。でなければ、こんな大それたことを言ったりしない。たちまちに白玉楼を飛び出して、紅魔館へ向かった。
 しばらくして……。
 私は十六夜咲夜を伴って、幽々子様のもとへ戻ってきた。
「戻りました」
 幽々子様の頭上に?マークが浮かんでいる。
「こちらが約束の首級です」
 そう言って、幽々子様に丁寧に包まれた饅頭を手渡した。そもそも饅頭の由来は、川の神の怒りを鎮めるために生首を捨てていたところ、代わりに羊の肉や豚の肉を小麦粉の皮で包んだものを捧げた故事から来ているという。
「みんなで作りました。おいしいですよ」
 咲夜がそう言うものだから、幽々子様はすっかり笑顔になられて、また、饅頭の出来にも満足されたようだった。
「少しは安心できるかしら。うちの妖夢がお世話様」
 主の命には絶対に従う。
 無用の血は流さずに解決する。
 そういうせめぎあいの中で、頭を使う。
 私も日々成長しているのである。ただ言われたままをこなす庭師人形なわけではない。半人半霊の二人前となれば、いよいよ幽々子様も安心されるというものだ。もはや斬ってから考える私は卒業した。
 この信念を明らかにしたからこそ、十六夜咲夜の協力も得られた。
 えっ、レミリア・スカーレットはどう言って納得させたかって?
 彼女は洒落がわかるお嬢様だ。私の企みを知ったら、喜んで協力してくれた。第一に、おいしいあんころ餅を食べられて、羽をパタパタさせていたくらいだ。
「今年は良い年になりそうね」
 全くその通りです、幽々子様。
 私は心の中でそう念じ、仕える者の幸せを噛み締めながら、正月の時が過ぎゆくのを肌で感じていた。

-東方, 魂魄妖夢

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