東方 魂魄妖夢

災末大売り出し

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 武人が武の境涯に達すると、生きながらにして死人になるという。
 私にはそれがどういう気分なのかよくわからない。なぜなら、初めから死んでいるようなものだからだ。
 魂魄妖夢。この名を背負った日から、私の中にある生命の炎は蜃気楼のように揺らめいて――。
「コンスタンティヌス!」
 えっ?
 なんだ、今の素っ頓狂な声は?
「幽々子様?」
「ああ……嫌ね。誰かが私のことを噂しているみたい」
「いえ、それは良いんですが」
 庭仕事をしながらの没入から引きずり出された私は、縁側に座っていた幽々子様の姿を認めた。変わらず泰平なる主は、「今日も平和ねえ」と言わんばかりのほんわか粒子を放っている。
 にしたって、今のは何なんだ?
 どうやら幽々子様の中ではくしゃみらしい。誰かが私の噂をしているって言ってたもんね。世の中にはあざといくしゃみをする女人も多いが、コンスタンティヌスはないだろうコンスタンティヌスは。ビザンツ帝国が滅びるぞ。
 それに、たった今の私はちょー深遠な気分だったのだ。生命と精神の秘奥に迫る豊かな思索の旅が、よりによって東ローマ風のくしゃみ(ビザンツ人が聞いたらキレそう)で中断させられてしまったなんて。
 ほら、もう私のやる気ゲージ下がってる。ああ、下がってる。すっごい下がってるよ。青丸急降下だよ。そんな言葉あるのか知らないけど。
「くしゃみをね。個性的にすると、春が来るんですって」
「は?」
 幽々子様のおっしゃっている意味がわからない。
「人間の里……幻想郷の人里にある寺子屋の教師が言っていたわ」
 そいつはワーハクタクのことか。あいつはたまにろくでもない知識を輸入するから、絶対的に警戒しておかなければならない。この世界に真の人畜無害なんてものはそうそう存在しないのだ。そして、それは幽々子様に冠せられるべき称号だとも思っている。清い方だ。ゆえに、私がお守りしなければならない。
「ウィスコンシン!」
 だから、なんで横文字ばっかりなんだー!
「どうしてチャンドラグプタじゃないのかって顔をしてるわね」
「してません」
 きっぱりと言い切る。
 幽々子様が「あら?」と首を傾げているが、全くもって思っていないので決然と対応させてもらう。
「パンタグリュエルだったのかしら?」
「何も考えていません」
「自分から半人前を認めるなんて、感心感心」
 少しは怒った方がいいんじゃないのか、魂魄妖夢。幽々子様に好き放題言われているぞ。いつものことだけど、そろそろ私も一端の扱いをしてもらってもいいころだ。まあ、まだそんなに長生きしてないから、簡単には認められないだろうけど。
「半人前なら、精進をしないといけないね」
「努力はします」
 庭の手入れに戻ろうと思ったが、幽々子様が私を呼び止めた。
「良い鍛錬ができるわ」
「……と、申しますと」
「これから異変が起こるということよ」
「異変が?」
 どうしてわかるのだ。まさか新たに、ご自身で異変を起こされるつもりか。近頃の巫女は以前より温厚になった気もするが、そんな真似をして無事で済むとも思えない。
 何をしようとする?
 西行妖。あれか。
 今は冬だ。年の瀬だ。なけなしの春を集め始めるには早すぎる。もっとも、一度こうと決めたら頑固なのも幽々子様であり、突然に柳の如き柔軟さで撤回するのも幽々子様だ。この方に通り一遍の法則は通用しない。
「異変を起こすのは私ではない」
 またそうやって私の心を見透かす。いよいよ凹んでしまう。
「というよりも、異変はすでに起きている」
「起きている?」
「ええ」
「幻想郷で、ですか」
「そうよ」
 幽々子様がうっすらと目を閉じる。
「そこは貴方を鍛えてくれる場になる」
「あちらの世界を救う義理はないですが、ちょっと気になりますね」
「でしょう?」
 たとえ上手いこと手綱を握られているとわかっていても、私を鍛えてくれる場というのには大きな興味を持たざるを得ない。幽々子様も残酷なお方だ。私の性情を把握しているのに、あえて厳しい局面へと追い詰めていく。
 鍛錬!
 これが私にとって、どれほど必要か知れない。生きることは自分を鍛造し続けていくことだ。まあ、私にとって「生きる」という単語がふさわしいかどうか怪しいが、そこはこの際だから置いておこう。
 未熟。半人前。どれも私について回る言葉だ。きっと百年、いや二百年、それ以上を過ごしたとしても、まだ影のように寄り添ってくるだろう。道を進む限り終わりがないのだ。剣士であろうと庭師であろうと、掘れば掘るほど新しい局面に行き当たる。楽しくもあり苦しくもあるが、魂魄妖夢という存在がより精錬されるためには必要なことだ。
「行ってみる? 行くのなら、知り合いに案内を頼んでおくから」
「よろしくお願いします」
「いい返事」
 幽々子様は笑った。ちょっと意地悪な雰囲気を出している。飛んで火に入る夏の虫、といった趣だ。
 嫌な予感?
 そんなものは覚え疲れた。どうせ何かをしようとすれば、何かが起きるのだ。騒いでみても仕方ない。
 ただ、頭ではそう感じていても、体は別だ。どんな異変が待っているんだろう。私を鍛えるとはどういう仕組みなのだろう。そういう「理」で未来を予測しようとする。これもまた、私が未熟者である証拠かもしれない。
「シャクシャイン!」
 幽々子様がまた変なくしゃみをしている。
「どうも人気者で困るわ」
「風邪では?」
「私が?」
「冗談です」
 感冒を患う亡霊がいたら、それこそ異変だ。

「やあ」
 幽々子様のお知り合いと落ち合ったのは、人里離れた廃屋でのことだった。あまりロマンティックとは言えない場所だ。障子は変色し、畳もぼろぼろである。そもそも、契約で守られた人里以外に、よくも居を構える気になったものだ。どこの世界にも奇人変人の類はいるものらしい。
 もっとも、幽々子様のお知り合いは私にとっても知り合いだった。妙に力のある付喪神の堀川雷鼓だ。付喪神のくせに、エネルギーの供給元を自力で切り替える機転を見せた。そもそも、どうしてそんな荒業ができたのか謎である。外の世界との関わりがあったからこそできたのかもしれないが、まあ、私にはどうでも良いことだ。
「どうも」
「幽々子から話は聞いているかな?」
 聞いているといえば聞いているし、聞いていないといえば聞いていない。
「鍛錬の場があるということでしたが」
「うーん、鍛錬ではある。あの場所では相当に鍛えられる」
「興味がありますね」
「ああ、そうやって引き受けたんだ」
 かわいそうに、と雷鼓はつぶやいたようだった。
 なあに、私だってバカではない。幽々子様が持ち込んできた話だ。普通の状況じゃないところに放り込まれるのはわかっている。それを楽しむくらいでないと、あの方の従者は務まらないし、庭師という仕事はやっていけない。庭木の剪定をするだけが庭師の仕事ではないのだ。春夏秋冬、様々な局面に対応してこそ、良い庭師になることができる。私もまだまだ修行の身だ。だから、こうして幻想郷まで出張ってきたわけである。
「じゃあ、行こうか」
「どこへ?」
「戦場だよ」
 そいつは雅な言い方だ。少なくとも、これから私が連れて行かれるところは、穏当なところではないらしい。腕試しには最適だ。
「どんな魑魅魍魎が出てくるか」
 ふいに出た言葉。「全部叩き切ってやる」と啖呵を切らなかったのは、最近私が大人になった証拠だ。少し前までは触れるものすべてを両断するのが正しいと思っていた。今もそれなりには思っている。
 雷鼓の歩き方にはテンポがあって、まるで彼女のビートが伝わってくるようだった。足音が大きいとか、そういう野蛮なくくり方ではない。私の表現力では言い表せないかもしれないが、水面に響き合う波紋のような感じなのだ。
 ああ、そうか。
 彼女は生まれながらにして弾幕なんだ。
 そう合点がいって、一人で納得する。響き合い、弾かれ合う。これほど弾幕と相性の良い付喪神もいないだろう。今や彼女は一個の大妖怪の気風さえ備えつつある。
「生きているのか死んでいるのか」
 雷鼓が口を開いた。
「貴方の動きには鼓動がないのね」
 推し量っていたのは向こうも同じらしい。
「いざとなれば、何よりも力強く叩きのめす」
「圧し切るということかしら?」
「もっと鋭利にやってやるわ」
 斬れないものはそうそうない私の剣だ。圧し切るなどという剛の使い方はしたくない。もっとも、相手によってはそうせざるを得ないだろう。あるいは斬れないものは、この世にもあの世にも存在する。
「見えてきた」
 雷鼓が指し示す先、幻想郷の野原の中に、突如として姿を表した建築物がある。それが外の世界でビルディングと呼ばれるものであることはすぐにわかった。かなり大きい。五、六……七階建てのようだ。屋上にも何らかの施設があるようで、カラフルな屋根の建物などが見える。窓という窓には人々の姿があり、彼女たち――多くは女性だった――は身じろぎ一つせずに斜め上へと移動していた。
 さて、普通の人間が空を飛べたものか?
 そんなことは思わない。あれは幽霊だった。ただ、明確な欲を持って動いている幽霊だ。さらに言うならば、彼女たちは自分の意思で飛行している様子ではなかった。あのように斜めに動く機械のことをエスカレーターと呼ぶのだと、私はしっかり承知していた。
「開陽丸って知ってる?」
「いいえ」
 聞いたことのない言葉だった。
「外の世界の軍艦でね。戦争ではなく嵐に負けた近代艦。このデパートはそうした無念が形になった平和な闘争の象徴」
 雷鼓は両手を広げた。さながら奇術師のように。そういえば、最近は外の世界から秘術師が幻想郷にやっていると聞く。付喪神として両世界に馴染みの深い彼女だ。もしかしたら、そうした存在から影響を受けているのかもしれない。
「ようこそ、開陽デパートへ」
「開陽デパート……」
 ああ、なんということだろう。
 これまで重苦しく立ち込めていた雲がさぁっと分かれ、デパートの上に乗っている軍艦が見えた。とてもとても三途の舟と比べ物にならない。大砲を備えた戦う船だ。こんなものが幻想郷の野原に現れているなんて、もはや異変ではないだろうか。
「異変よ」
 雷鼓が私の心理を読んだかのように話しかけてきた。
「どういうわけか知らないけど、外の世界から流れ着いてきた。以来、年末年始の限られた期間のみ、幽霊船のように現れる」
「何で百貨店なのかしら」
「時代は下るけど、ホテル扱いされた軍艦もいてね。彼女たちにとっては相当な屈辱だったんでしょう」
「彼女?」
「船は女なのよ」
 そういうものなのか、と私は尋ねた。
 そういうものなのよ、と彼女は答えた。
「ここが貴方にとって最良の鍛錬場となるでしょう」
「どういうこと? 中に入ったら忍者が襲い掛かってくるとでも?」
「なぜ忍者」
「いや、いそうじゃん、この流れなら。忍者」
「おらん」
 雷鼓が呆れた表情をしている。私はそんなにとんちんかんなことを言っただろうか?
 いいや、そんなはずはない。異変が起きたからには忍者の一個大隊くらいは出てきてもおかしくないはずだ。それを私が業風神閃斬でぶった切る。避ける暇なんて与えない。完全勝利。ミッションコンプリート。すごいぞ私。
「忍者は、おらん」
 横に首を振りながら、雷鼓が同じ言葉を重ねてきた。まったくしつこい人である。外の世界では首を横に振ることが肯定になる地域もあるそうじゃないか。あまり体の動きに頼りすぎると、いざという時に困ったことになるぞ。
「いいや……忍者はいるね」
 そして、否定ばかりをさせておくつもりもない。
「ずばり、貴方こそが忍者だ!」
「ふははは、よくぞ見抜いた。んなわけあるか!」
 雷鼓からノリツッコミを受けた。まったくリアクション豊かな付喪神だ。とは思ったが、幻想郷の付喪神は大抵が愉快な性格をしている気がした。おもろい神様が大集合といった趣だ。決して望んで生まれたわけではない者たちもいるだろうに、まるで妖精みたいなバカをしている。
 そういうの、嫌いじゃない。
 尊敬はしないけど。
「で」
 私は開陽デパートを指差した。
「ここに入って最上階まで行くのが試練ということになるの?」
「ずいぶん古典的な修行感ね」
「鍛錬ってそういうものでしょ?」
「答えはノー、いいえ、ニェット」
 最後のはどこの言葉だ?
「でも、発想はとてもクリティカルね。すばらしい。貴方はこれから開陽デパートを突破してもらいます」
「ふむ」
「目的地は最上階の開陽丸本体」
「ほら、当たりじゃない」
「ただし、正確には上に行くまでにいくつもの障害があるし、やらなきゃいけないこともあるのよね」
「そうそう、私が言いたかったのはそういうことよ」
「やる?」
「やる」
 というわけで、やることに決まった。
 何の因果か、幻想郷に流れ着いた軍艦と、その軍艦を頭上に戴く百貨店。こんなものまで幻想入りしてるなんて、はっきり言ってめちゃくちゃだ。結界なんて本当にあるのだろうか。あの世とこの世の境界さえ曖昧だし。紫様がしっかり働いておられるのは知っているけど、懐疑的になるのも仕方ない。
 さあてさて、いざ開陽デパートへと一歩踏み出したところで……。
「魂魄妖夢、ダッシュだ!」
 雷鼓が腕組みをして声を上げた。
「戦いはすでに始まっている!」
 戦い?
 疑問に思う間もなく、彼方からこちらにやってくる一団がある。いや、こちらにやってくるなんて生易しい表現では足りない。猛進してくる。土煙を上げて、立ちふさがるものすべてを薙ぎ倒さんとばかりに突撃してくる。
「な、何?」
 銀輪を輝かせるその一団は、明らかに異様な存在だった。
「見えるか。あれこそ地場の百貨店を征服せしオバチャン軍団!」
 私は自転車を知らない。原付も知らない。
 だが、彼女たちの存在が非常に危険であることだけはわかった。たとえ相手が幽霊であったとしてもだ。むしろ、あんなに生き生きとした幽霊と正面からぶつかり合うなんて、考えただけでも恐ろしかった。自分と半霊が一緒に轢き潰されてしまいそうだ。
「貴方が戦うのよ」
 そんな私の気持ちも知らず、雷鼓が恐ろしい宣告を続ける。
「戦って、勝つ」
「戦うって」
「もちろんその剣でたたっ斬れとは言わない」
「じゃあ、どうしろと?」
「買う」
「は?」
「開陽デパートはちょうど駅弁うまいもの市を開催していてね」
 雷鼓の目がぎらりと光ったように見えた。
 あ、やばい。これ聞かない方が良い気がする。聞くしかない状況だけど。
「そこで売っている絶品釜飯は、幽々子がすごく食べたいそうだ」
「へー」
 他人事にしてしまいたい。
「そういえば、幽々子は誕生日が近いらしいね?」
「幽々子様の誕生日は気分で変動するので……」
「何そのジプシー型バースデー」
 これには雷鼓も素になったようだが、本当なので仕方ない。幽々子様にとって誕生日というのは何かを欲しがる口実に過ぎず、いつだって宣言すれば誕生日になると思っておられるのだ。その矛盾を指摘しようものなら、「三六五日、生まれてきたことに感謝しなきゃダメよ」なんて言ってくる。幽々子様、私たち厳密には死人です。
「旅する誕生日って、どこか詩的じゃないですか?」
「そうなのかなあ」
 雷鼓もどことなく苦労人属性が垣間見える。そんなことじゃ、幽々子様の知り合いはやっていけないだろう。何しろ、あの幽々子様だ。テニスのラリーみたいに話題が行ったり来たりする、あの幽々子様なのだ。
「まあ、ご所望なら、買いに行かないといけませんね。どうしてこんなところにデパートがあるのか、あの幽霊おばちゃん軍団はどうして物産展に目の色変えてやってきてるのか……」
「あ、わかる? あの人たちが幽霊だって」
「当たり前です」
 私は彼方を見つめた。銀輪のオバチャン軍団は、明らかに近づいてきている。
「いろいろ謂れはあるんだろうけど」
「幻想郷だからね」
「その一言で片付いちゃうんだよなあ」
 はあ、と私はため息。幻想郷というのは不思議な空間だが、その不思議はポンと置いてあるんじゃなくて、グリグリと押し付けてくる性質を持っている気がした。
 まるで陽炎のように現れたデパート。未練とともに押しかけてくるオバチャンの一団。
 すべては絶品釜飯のために?
 有り得る、そんなの?
 答えを求めてはいけない。幻想郷だから。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 私は雷鼓に見送られ、デパートへ向けて低空で駆けた。

「というわけなんです」
「へー」
 白玉楼。
 幽々子様は私の武勇伝をあっさり聞き流してしまわれた。いったいどれだけの艱難辛苦を経て、旨味がぎゅぎゅっと詰め込まれた釜飯を手に入れたことか!
 行ってもわかってはいただけないだろう。
 迫りくるオバチャン。倒れてくるマネキン。ブザーが鳴りっぱなしのエレベーター。エスカレーターを制圧する相撲取り集団。
 どれだけ語ろうとも語り尽くせない。
 だが、この熱気、この狂気は現場にいた者にしかわからないのも道理かもしれない。しょせん、私に語れるのは武勇伝でしかないのだ。
「確かに、おいしかったわ」
「いや、おいしかったなら良いことですが……」
 私がほしいのはその言葉じゃないんだ。
 そう声を大にして言いたかったが、従者としては失格になってしまう。努力したから褒めてくれなんて、かっこ悪いにも程がある真似だった。大切なのは結果なのだ。過程も重要だが、成果物を得られるかどうかですべてが決まる。
 もっとも、こういう風に心情を述べると、幽々子様はまたため息をつかれるだろう。私はどこまでいっても半人前だ。たぶん、過程にまで美を加えてこそ、真の熟達者になれるのだろう。
 なるほど、幽々子様なら可能かもしれない。強烈な圧迫を乗り越え、優雅に釜飯を手に入れてもおかしくない。
 私は無理だった。まるで好き放題やっている幽霊たちを懲らしめるように手を振り、硬化させた半霊でこじ開けないと、とても目的のものを手に入れられなかった。
 今回はお役御免となった料理番の幽霊が、食後のお茶を持ってきた。幽々子様はそれを受け取って、とてもおいしそうにこくりと飲まれる。
「良い鍛錬になったかしら?」
「なったと思います」
 実のところ、あまり自分のためになったとは思えなかった。
「役に立たなかったって顔をしてるわね」
 こういう気配はすぐに感じ取る。幽々子様は本当に意地が悪い。主から尋ねられたら、思わず嘘をつくしかなくなってしまうじゃないか。
「いいのよ。自覚がなくても、きっと身にはなっているから。いずれ花が咲く日も来る」
 花。
 私たちにとっては重要な言葉であり、また一つの特定の品種を思い浮かべる。
 決して満開にならぬ桜。
 庭師に過ぎない私が成長することで、いつかあの木に満艦飾の夢を見させることができるだろうか?
「ああ……」
 幽々子様は雪のちらつき始めた外を見ておられる。
「今年ももうすぐ終わりね」
「年越しの準備を始めなくてはいけません」
「春遠からじ、といったところかしら」
「それはさすがに先走りすぎでは」
 ふふ、と幽々子様は笑った。
 この笑顔を見ることができたのだ。私があの百貨店の幽霊(そう表現すべきだろう)に突入した甲斐はあったと言える。
 さて、来年はどんな年になるだろう?
 幾度も年を渡ってきたが、未来への希望は尽きない。生への執着も死への羨望もないが、何かが動き続けるというのは楽しいものだ。
 幽々子様の元を辞去し、廊下で楼観剣を抜く。迷いを断つように無言で斬撃を放ってから、再び剣を鞘に収める。
 今日は良い日だ。
 明日もきっと良い日になる。
 即ち、来年はすごく良い年になるだろう。
 どうか幽々子様と私の歩む先に成功と達成が満ち、災いがこの年の末で去っていきますように。
 言葉にせず、思考も押し流し、一瞬の内にそう念じて歩き出す。信じるべき神は私の中にいない。ただ、二本の剣でもって切り開くのみだ。

-東方, 魂魄妖夢

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 どうぞよろしくお願い致します。