射命丸文 東方

銀星軍

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 銀星軍と呼ばれる存在について、射命丸文は良く思ってはいなかった。彼女たちは確かに優れた存在である。胸に輝く銀色の星の記章は、天狗の中でもエリートとして誉れ高いと主張するにふさわしいかもしれない。
 それでも、文は彼女たちに否定的な見方を持っていた。元々、選良という方式に否定的な考え方をしているのも影響していただろう。限られたエリートという枠組みは、組織の中に決定的な対立構造をもたらす。即ち、選ばれた側と選ばれなかった側である。その選別は組織の回転を一時的には良くするかもしれないが、長期的に見ればそこかしこに多大なる害をもたらす。
 人間なら良いかもしれない。彼らは長く生きられない。だが、天狗は別だ。その社会は長く固定的で頑迷な組織構造の中で、老いても死ねないノロマな亀のように生き続ける。そこに才覚の有無をもたらした場合、恐るべき破滅を招きかねない。
 そうは考えていても、文は何らかのアクションを起こしたりはしなかった。第一には面倒だったからだ。ここまでに挙げたようなデメリットは、天狗社会の上層部とて把握しているはずだった。それでもなお導入を進めたのだから、メリットがより効果的に働くと判断したに違いなかった。第二にはそれで滅びるような組織なら、さっさと滅びてしまえば良いと考えたこともあった。
 ほとんどの者は知らないが、文は非常にペシミスティック、悲観的な思考形態を持っていた。
 しばらくは上手くいっていた。当たり前だ。知恵ある者たちが天狗組織にとって不足なものを考え、数多くのアイディアから選択して実施されたのである。効果がないわけがない。人間社会ではしがらみや既得権益などもあって無効な――時には害毒にしかならないような政策が選ばれることもあろうが、天狗たちはそこまで自罰的な状況に陥ってはいなかった。
 ただし、長い時を経て川の流れが変わるように、銀星軍もその限界を露呈し始めた。
 先にも書いた通り、天狗社会は寿命による循環が起こりにくい、というよりほとんど起きない構造になっている。その中から特権を付与された者たち、銀星軍の構成員を生むということは、恒常的な差別構造の構築に繋がる。
 文は「文々。新聞」を通じてこのいびつさを指弾していたが、果たしてその懸念の通り、銀星軍の暴走が始まった。
 それが「甲状況試案」と呼ばれるレポートの誕生である。銀星軍の指導部によって作成されたこのレポートは、人間、妖怪、そして自分たちより上位である鬼も含め、幻想郷の完全なる征服を目的として作られた。
 天狗による幻想郷征服の野望。ふわふわとした妄想に過ぎなかったものが、実態を伴って現れた瞬間である。
 そもそも、幻想郷はひどく危ういバランスの中で平穏を保つ、油の湖に浮かんだ蓮の葉のような存在だ。もしも、どこかの一勢力が激発したとすれば、たちまち火は世界を飲み込んでしまう。
 外の世界において行われたスタンフォード監獄実験というものの存在を、文は知っていた。また同時に、人間たちがその試みを行う前から、天狗は生き物の性情について理解していることも知っていた。
 スタンフォード監獄実験を簡単に説明するなら、役割が個人の非個性化を招くということだ。看守役と囚人役に振り分けられた被験者たちは、誰に強制されることもなく看守としての役割と囚人としての役割を演じ始め、それは狂気性さえも孕みつつエスカレートしていく。
 銀星軍が陥っていた状況もまさにこの実験と同じもので、エリートの中のエリートとして集められた彼女たちは、幻想郷の中においても一握りの支配者層であるべきだと考え、またそう振る舞うようになっていったのだ。
 甲状況試案の露見は、天狗の長老たちを動揺させた。いかに天狗社会が強固な組織性を保ち、他の勢力よりも抜きん出た動員力を誇るとはいえ、幻想郷を巻き込んだ破滅的な戦いに転がり込むことは、自らの首を絞めるに等しいと理解していたためだ。
 ここに至り、大天狗は白狼天狗たちに臨戦態勢を取らせるとともに、一人の鴉天狗を召喚する。それが文だった。
「射命丸文」
 大天狗は言った。
「銀星軍を全滅させよ」
「全滅ですか」
 文は困惑を声音に乗せた。
「一人残らず」
「そうだ」
「理由をお聞きしても?」
「邪魔になった」
 人間が物欲に任せて買ったものを捨てる時のような言い訳だ、と文は思った。あまりにも醜い言い草で、恐るべき銀星軍のメンバーたちが可哀想に思えた。
「我々は知的かつ平和的に物事を開始せねばならない」
「良い考えだと思います。今からやろうとしていることを除けばね」
「銀星軍は大きくなりすぎた。まるで尊大な子どものように、この世界で最も優秀であると誤解している」
「彼らは優秀です」
「お前ほどではない、射命丸文」
 ありがたいことを言ってくれる――。
 文はその歯が浮くような言い草を、銀星軍の者たちに向けてくれることを期待した。しかし、それが何の意味もないことを知ってもいた。導火線に火はついてしまったのだ。誰かが一刻も早く踏みにじって、火を消さねばならなかった。
「私は一介の鴉天狗です。そう、新聞を愛する一天狗」
「そして、戦わせれば幻想郷でも一二を争う強者だ」
 買いかぶりです、と文は言った。
「本当に偉大な強さの持ち主なら、この程度の出来事はさくっと解決してしまうでしょう。でも、私は違う」
「お前は強い。頭も回るし、この役目は適任だ」
 だからといって、同志を残らず成敗しろとは苛烈な言い草ではないか。
 文は言外にそうした意志をにじませたが、それで話が取り下げになるとも思っていなかった。大天狗たちにしてみれば、問題は妖怪の山を超えて燎原の火になることを恐れている。内々に片付けるのなら、「最速」で処理できる人材が必要だった。
 自他ともに言う。射命丸文は幻想郷で最速であると。
「銀星軍を粛清せよ」
 いよいよ強い口調で、きつい単語だった。彼らはエリートであるがゆえにまとめて殺されるのだ。もしも無能であったなら、こんな目には遭わなかったであろう。有用であるがゆえに命を奪われる。
 全く馬鹿げている。よく切れるハサミがあったとて、危ないからといって捨てる奴はいない。せいぜい刃で手を切らないように、カバーなどで配慮する程度だ。
 天狗社会に情けはない。躊躇もない。不要である、危険であると判断したからには、鏖殺をためらわない。そして、文もまた天狗だった。
「承りました」
 窮屈な組織の偏屈な命令だとわかってはいたが、最後には承服していた。
 さて、いわゆる暗殺や成敗などにはいくつかの方法がある。一人ずつ消すケース。これはいわゆる各個撃破だ。ただし、明らかに誰かが害意を持っていることがバレてしまう。銀星軍の面々とて、二人三人と狙われていることを知ったら、天狗の首脳たちが敵対していることを知るだろう。もちろん、無関係の者たちも同様だ。これは上手くない。彼女たちに反撃とテロリズムの機会を与えてしまう。
 なので、文はまとめて一網打尽にすることにした。このやり方のデメリットは、強大な敵を複数相手にしなければならないことだ。
 しかしながら、文には勝算があった。特別な方法ではない。神さえ驚く奇策でもない。
 ただ、彼女は強かった。
 銀星軍の幹部が大広間に集められる。そこに、大天狗の名代として文が登場する。この大広間の周りは犬走椛ら白狼天狗が固めていて、逃げ出してきた輩を討ち取る手はずになっている。
 だが、結論から言えば、椛たちの出番はなかった。
 文が入場してくると、名目的には格下の銀星軍の幹部たちは頭を下げた。さすがに優秀だ。面従腹背とはいえ、惚れ惚れするような一礼だった。
 そこを、文の一撃が襲った。
 あったものは、本気だけだ。本気の射命丸文。およそ幻想郷でも見た者の数は少なく、そして見たならば九割九分が死んでいた。
 この時もまた、例外ではなかった。常識を超越した速度で放たれた文の斬撃は、銀星軍の幹部たちの首をすべて刎ねていた。漏れなどあろうはずもない。まるで間欠泉のように血しぶきが上がり、大広間は瞬く間に真っ赤に染まる。
 生きているのは、射命丸文のみ。
 あまりの速度ゆえに、文本人は血を浴びていなかったが、彼女はあえて血の噴水の中に歩を進め、自らを真っ赤に染め上げた。
「終わりました」
 文が外で待機していた椛にそう声をかけた時、妖怪の山の主たる鬼でさえここまで恐ろしくはないだろうという鮮血に覆われて、しかし、瞳には爛々と生気をみなぎらせていた。白狼天狗たちが気圧されてしまったことを、いったい誰が咎められるだろうか。
「貴方はやはり」
「疲れましたね」
 椛の言葉をさえぎり、文が明確な言葉をつぶやいた。
「後始末はよろしくお願いします」
 そうして、白狼天狗の列が割れたところを、文は悠然と歩いていく。
「その強さがありながら隠している。だから、私は貴方が気に食わない」
 椛が放った言葉を、文は背中で受け止めた。この底の見えない力を持った鴉天狗の口の端に笑みが上ったことを、誰かが気がついただろうか。
 この日この時をもって、栄華を極めた銀星軍は一気に縮小され、やがて記憶の彼方に消えていくこととなる。
 まだ、博麗霊夢も、霧雨魔理沙もいないころの、古い古い昔話である。

-射命丸文, 東方

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